第2話
朝は小さい頃から苦手だった。眠気というものは毎日僕につきまとい、その上、僕は教員になってからというものの、寝つきも悪くなっていた。
職員室に着いた。「おはようございます」元気に発したつもりだったが、気持ちとは裏腹になんとも情けない声が出た。自分の机に向かおうとすると、そこに新井くんがいたことに気づいた。やはり立っているとかなり大きい事に気づく、180センチあるかないかくらいだろうか。
先日、なんの取り柄もないこの学校に入学してきた新井くんは、僕と一緒に教室に入って彼を紹介することになっていた。よくドラマとかである、「今日は転入生を紹介する」みたいな感じだ。それを提案したのは他でもない校長だった。「その方がインパクトがあっていいだろう。インパクトがある方が、クラスメイトとも仲良くなれるはずだ」彼はにこにこしながら新井くんにそう言うと、新井くんは嫌な顔一つせずにそれに同意した。
「ねぇ。今日から新しい学校生活が始まるわけだけど、どうだい?緊張している?」彼が緊張してしまうと思い、とりあえず何か話しかけた。「そうですね、でもたぶん大丈夫ですよ。うまくやっていけると思います」と言いつつも彼の声には緊張した様子が微塵も感じられないほどに落ち着いていた。「まぁ、元気が取り柄だけのクラスだから、すぐうちとけられると思うよ」元気すぎて困っているのが現状なのだが・・・・・・。数分後、チャイムが鳴った。「行こうか」新井くんに呼びかけ僕らは、職員室を出た。
教室に着くと、珍しく、男子も女子も生徒全員がおとなしく座っていた。いや、よく見ると座っていたと言うより眠っていた。なんのつもりであろうか。僕は彼らを起こそうと思い勢いよく戸を開けようとした。しかし戸は音を立てて抵抗した。壊れたかと思ったが、そうではない。カギがかけられているのだ。「おーい。みんなどうした。開けてくれ」戸を叩きながら僕は彼らに呼びかけたが。彼らはピクピク動いてるだけであった。そうか。そう来たか。カギを閉めて僕を教室に入れないつもりだな。生徒たちがピクピク動いているのは、笑いを必死にこらえてるからであろう。「開けてくれ!おーい!起きてるんだろ!」さらに戸を強く叩く。それでも彼らは狸寝入りを続けた。
「先生。僕は黙って彼らを見ていたほうがいいと思いますよ」隣で様子を見ていた新井くんが僕にそう言った。「え?でも――」「一人の生徒としての意見です。彼らはおそらく先生が困っている様子が楽しくてやってるんでしょう。放っておいた方がいいと思います」僕は反論しようとした直後に彼は僕よりも大きな声でそう言った。僕は言われるがままにそうすることにした。
しばらくすると、男子生徒の一人が、僕が何処かへ行ったと思ったのか起きだしたが、僕がまだ廊下にいることを知るとすぐに寝たフリをまたし始めた。しかし彼は、見慣れない制服姿の学生が僕の隣にいることに気づいたのだろう。彼はまた起きだしこの事を報告したようだ。生徒たちの視線が一斉にこちらへと向かれた。教室は、完全に窓を閉めているにも関わらず、廊下にまでその声が聞こえるほど騒がしくなった。そして堪忍したのか、ついに戸を開けてくれた。
「いやー先生が来てるとは思わなかったよ。みんな眠っちゃってさ。ごめん、ごめん」以前僕に叩かれた、原田くんが僕にそう言った。内心また体罰の事を言われると思ってビクビクしていたが、本人はそうやられるのが慣れっこのようだった。
「今日は、見ての通り、我が3年1組転入生がやってきた。それが彼だ」そう言うと、多くの女子生徒たちの歓喜の声が上がった。早くも新井くんはクラスの女子を虜にしたようだった。一方、そんな様子を見た男子生徒たちはつまならそうな顔をして新井くんを見ていた。
「新井陽です。よろしくお願いします」彼はそれだけ言うと、礼をした。原田くんがいきなり机の上に立ちこう言った。「陽か!おい陽!俺は原田剛。名前は書きも読みも先生とまったく同じだが、こいつみたいに情けないやつじゃないんだぜ。まぁそれはともかくよろしくな!」生徒が一斉に笑ったが、新井くんは口を堅く結んでいた。
「じゃあ、新井くんそこに空いている席があるから、そこに座って。ロッカーは左上から番号順だからね。それじゃあ朝の挨拶をしましょう」そして、僕と新井くんの、最初の学校生活が始まった。