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微糖コーヒー  作者: 鳶坂
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第1話

 僕は今日、教師人生の中で初めて生徒を殴った。

 鈍く響く音に、教室が一瞬にして静まり返った。生徒たちの目が大きくなり、眉の位置が数センチ上に上がったかのように見えた。

 どうしてだろう。そんなに強く殴ったわけではない。けれど僕の手はとても痛かった。殴られた生徒も、痛みよりも驚きのほうが大きいようだ。

「殴った・・・・・・。先生が殴ったぞ!体罰だ!体罰だ!」殴られた生徒が有らん限りの声を出した。その声は静まり返った教室によく響いた。

「そうだ・・・・・・。体罰だ!体罰!体罰!」周りの生徒も体罰コールをし始めた。「目は口ほどにものを言う」と言うが、まさしくその通りだった。 今の彼らの目は、僕に対する嫌悪感と憎しみが込められている。

 何か言わなきゃ。でもなんて言ったらいいんだろうか?謝るのか?いや謝るとますますなめられてしまうだろう。それだけはだめだ。

「先生が何のためにこんな事をしたかを、君はわかってないんですか?」やっと出てきた言葉がこれだ。

「んだよ?殴ったくせに、やけに態度でかいな」そして彼は一呼吸おいてこう言った。「訴えるぞ。謝ったら許してやるよ、土下座な、どーげーざっ」クラスの男子生徒が何人か立ち上がった。「そうだ。土下座しろ!暴力教師!」そして次々と生徒たちが僕に土下座を要求してきた。

 僕はもう何がなんだか、わからなくなった。生徒のためにと思ってやったつもりだ。しかし生徒にはこの気持ちが伝わらなかった。

 僕はその場から今すぐ逃げ出したかった。

 その時、すこし雑音の入っている、いつものチャイムが鳴った。

「じゃあ、今日はもう終わりです。原田くん、次はあんな事しないように」

「あんな事って、いらねープリント破っただけじゃねーかよ」そう言って、その破いたプリントを蹴り飛ばした。

 僕は何も言わずに教室から出た。

 

 僕の名前は村田剛(むらたたけし)、別に教師になりたくてなったわけではなかった。ただ小学校高学年辺りから母親が僕をどうしても公務員にならせたがっていた。僕は中学入学と同時に塾に入り、県内では有名な進学校の高校へと入学し、そして国立大学の教育学部を経て、母親念願の公務員、中学校教員になった。教科は国語を教えている。担任もやっていて、先ほど授業していた3年1組だ。しかし生徒とうまくいってないため、クラスは荒れ放題だった。


「村田先生。校長先生がお呼びですよ。」

 職員室に入ってきた中村涼子(なかむらりょうこ)先生が、僕にそう伝えた。涼子先生は、英語の先生で隣の二組の担当だ。彼女は若く経験も少ない点では僕と同じはずなのに、生徒たちからは絶大の人気を誇っていた。生徒の話によると(盗み聞きしてたわけだが)彼女はとても落ち着いていて、生徒が何かいけないことをしても優しく注意してくれるそうだ。僕も習ってやってみたが、ますますなめられるだけであった。

 男子生徒からも特に人気がある。ずばり容姿だ。顔は童顔で可愛らしく、背は低めだが、そこが可愛らしさをより引き立てている気がした。髪が長く、一つに束ねていた。

「え?何か?」

「いや校長先生がお呼びですが・・・・・・」

 念のために確認したがその言葉はやはり「校長」であった。その言葉を聴くと一瞬にして鳥肌が立った。先ほどの行為がもう校長の耳に届いたのであろうか。

「どうもありがとうございます。今から校長室に向かいます」

 すごくゆっくりと校長室に行きたかったが、あいにく職員室の向かいだった。目と鼻の先にある距離だ。校長室の前にやって来た。ドアを三回ノックした。「はい、どうぞ」校長先生の声が返ってきた。ドアを開き中に入った。校長先生と、もう一人見知らぬ制服を来た中学生とその母親らしき人が向き合うようにして椅子に座っていた。

 校長は、少し失礼かもしれないが、白髪が銀のように綺麗な人だった。別に禿げてもない。彼はいつでもにこにこしていた。それがたまに怖いときがある。

 隣の見知らぬ学生は、きっちりとした身なりで、座っているのでよくわからないが、身長はかなり高そうだ。顔は全てのパーツが整っていて、文句のつけようが無い美男子だった。

「君のクラスのー・・・・・・ほら、転入生の新井くんだよ」

 安堵と共に、転入生の事をすっかり忘れてた自分に驚いた。そう今日挨拶しに来るとか言ってたっけ?

 当の新井くんは緊張してる様子も無く、かと言ってだらしない様子を見せてるわけでもなく、静かに僕に会釈した。

「ああ。君が新井陽(あらいよう)くんだね。僕が君の担任の村田剛。よろしくね」

「よろしくお願いします」新井くんは立ち上がり綺麗に礼をした。

 その後僕は、学校生活の様子などについて話した。彼は見るからに真面目そうで、熱心に僕の話を聞いていた。

「じゃあ、明日から学校くるんだよね、よろしく」僕は彼と握手をした。その手は思ったよりも大きくて驚いた。

 彼はその後母親と一緒に帰り、僕は自分のクラスに帰りの連絡をしに教室へと戻った。思えば彼の目はこの時から何かを見据えていた。

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