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遥かなる彼方からの贈り物  作者: 名も無き人
第1章 5歳の少年
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(1) 誘い

深夜。5歳の少年の夜の眠りは深い。


大樹はぐっすりと眠っていた。

すぐ隣に母の頼江も熟睡している。


遠くで微かに救急車のサイレンが聞こえているのも

都会の古いマンションの一室に住む母子の

いつもと変わらぬ深夜の情景だった。


しかしたった今まで熟睡していた筈の大樹は

いつの間にか目を開き

救急車のサイレンが更に微かになってやがて聞こえなくなり

静寂が戻るのを聞いていた。


時刻はちょうど午前3時である。


大樹がこの時間に目を覚ますのは

今夜に限った事ではなかった。


一週間程前からだったろうか。

毎晩必ずこの時間になると不思議と目が覚めるのである。


悪い夢を見たからでもない。不安は感じなかった。

ただ頭がどんどん覚醒し、目が覚めるのである。


何か、とても大切な事が起きそうな気がして、目が覚めるのだった。


大樹自身は気付いていなかったが、それは「語りかけ」だった。

心の奥底に語りかける静かな、しかし深い力を持った語りかけだった。

言葉ではなく、画像でもなく


「気持ち」そのものへの波動のようなものだった。


それは大樹にとって、限りなく大切なものの気がした。

しかし、同時にそれが何故かは分からなかった。


大樹は母の頼江を起こそうかと思ったが止めた。


母子家庭の母は、昼間毎日一生懸命働いて疲れているのを

子供心に大樹はよく知っていた。

自分の身体に何か不調があって

母に報告しなければならない訳でもない。


大樹はそのまま黙って天井を見つめた。

暗い部屋の天井には何も見えなかったが

別に気にもならない。

そんなことより、大樹の頭はいつもの通りに

強い意識の塊の様なものに支配されていた。


躍動感のある意識の塊だった。

漠然とした、しかし強い強制力をもった何かが

大樹の意識を占有していた。


その意識の塊は

昨晩よりも更に強くなっている気がする。

この状態が明るくなるまで続くのだった。

そしていつの間にかまた眠り

いつもの通り目覚めるのが、最近の日課だった。


真夜中に目を覚ましているのに

不思議と昼間に疲れは残らなかった。


大樹は毎晩起こる深夜のこの出来事を

母に何も話していなかった。

母子の会話がない訳ではない。

むしろ大樹は母が好きで好きで仕方がなかった。


一方で大樹は、スーパーのパートタイマーとして働き

自分を育てている母が

今決して幸せとは言えない境遇にある事を

そしてその原因の一端に自分自身がある事を

子供心に理解していた。


だから必ず自分の力で母を幸せにしたいと

本気で思っていた。


もちろん頼江にとっては

大樹はかけがえの無い宝だった。


母に愛されているのを大樹は良く知っていたが

この深夜の出来事を、どう話してよいか分からなかったのである。

大切な母を心配させたくはない。


今夜の意識の高揚は

これまでとは比較にならない位強い気がした。

じっとしているのが苦痛になってくる。

そして大樹は高揚した気持ちのまま

母と反対側に寝返りを打った。


頭の方向が変わった事による変化だろうか

それは突然のひらめきの様だった。


『こっちからだ!!』


大樹は、瞬間にその存在を悟ったのである。


寝返って顔を向けた方向の水平に近い斜め下から

何かが来ているのをはっきり感じていた。

まるで誰かが意識を送っているかの様に

明確な方向性を持ったエネルギーが来ていた。


何かは分からない。

しかし、現実に強く感ずるエネルギーは理解できた。


『行かなきゃ』


大樹は思った。

そのエネルギーは大樹を呼んでいると感じたのである。


しかし同時に、その呼びかけに応える事が許されない事も考えた。

深夜である。

眠るのが幼児の義務である事位理解していた。


大樹は迷った。

不思議に不安や恐怖は無かった。

それどころか、強い使命感の様な

何かとてつもなく大切なことである気がした。


『やっぱり行かなきゃ』


それは人としての純粋な気持ちだった。

どうしても偽ることのできない

心の核のようなものだった。


真心(まごころ)とも言うべき真の情を

五歳の少年は感じていたのである。


大樹は母を見た。優しい顔で眠っている。

そして母に気づかれない様に静かに起き上がった。


パジャマ姿のままだった。

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