どうやら右折と左折を間違えたようで。(7)
「あーもー、寝不足もここまで来るとつらいわ」
美弥の家で飲み会をして、結局なにも進展はなく、平行線、いやむしろ悪化している。とうとう、ろくに話をしない日々が2週間を経過した。相変わらず、学内を歩けばあらぬ噂が流れており、あの2人を目にすることもだんだんその回数が増えていった。そのおかげで、こっちといえば夜も大して眠れず、不眠症かってくらい寝れなくて、目の下にはクマを作る羽目になった。
「うま、目の下くま子」
「そーなのよ。最近どうも寝れなくて」
いや、寝れない原因をつくっているのは、今も学内で先輩とデートしてるあのバカなんだけど。ほんっとこっちの気も知らないで、いい度胸してるわ。つーか、私もそろそろ踏ん切りつけないとだめだよねー。こんなことでモヤモヤしてたって結果でないし。そう思った私は携帯を取り出して、久しぶりに時村とのラインをひらいた。日付はほぼ3週間前くらいが最後で、全く連絡をとってないことを教えてくれた。
…こんなに送信ボタン押すの緊張することないわ。
えいっと心の中で言って、送信ボタンを押すと、すぐに時村の携帯に届いたらしく既読がそっこうでついた。『今日の授業終わり、会える?』と送った文に、少しだけ違和感を感じたのは、きっと会える?なんてめったに聞かないからだろうか。家が一緒だと、そんなことを聞かなくても会えていたんだもん。『会える。駐車場で待ってて』と短い文で時村から返ってきた。そっけないなんて思ったけれど、自分の送った文面を見ると、同じような文面だった。
「どしたの?なんかこれから戦場に行くかのような険しい顔して」
「戦場て‥。もっと良い例えなかったの」
「んー‥思いつめたような顏?」
「たとえてないし」
つーか最初からそれ言えよ。
「よーし、授業始めるぞー。お前ら先週出してた宿題後ろから出せー」
先生は入ってくるなりそう言って、宿題を後ろから回収させる。何人か忘れていたみたいで、口をぽかんと開けている生徒が見受けられた。私の隣に座るりんもどうやら例外じゃないみたいで、口を半開きにして「嘘、」とつぶやいた。
「あれ、覚えてなかったの?てっきり覚えてると思ってた」
そう言って、私は後ろから回ってきた宿題のプリントを受け取って、自分のを重ねて前に回す。確信犯と言われればそれまでだけど、大学って自己責任、でしょ?
「んー?提出率が悪いなー。お前ら忘れてたんじゃないだろうなー?忘れてたやつ、明日の12時までに俺の研究室もってこい。減点はするが受理はしてやる」
そう言って先生は授業を始めた。
「よかったねー。受理はしてくれるってー」
「直見せて!」
「いや出したから」
なに言ってんのよ。つーか自分でしろよ。
りんをばっさり切り捨てると、私は久しぶりに授業に集中した。そのおかげか、90分がすごく短く感じられて、先生はまた宿題を出して教室から出ていった。その紙を受け取った私は鞄の中にしまって、時村に言われた通り、駐車場に向かって時村を待つことにした。駐車場に着くと、時村の姿はなくて、じっと車にもたれかかって待つこと5分。校内から走ってくる音がして、ちらりと見た視界がとらえたのは、走る時村の姿だった。
「ごめん、待たせた?よな、」
息を切らせて言った時村は顔を上げると、すごく申し訳なさそうな顔をした。その顏はいったいなにに対してなのかわからなかったけれど、なにも問わずに「大丈夫」とだけ返した。
「帰ろうっか」
「そ、だな」
車に乗り込むと、助手席には時村が久しぶりに座った。その久しぶりの感覚になんだか少しだけ緊張している自分がいた。何も話さないまま、車のエンジン音だけが嫌に大きく鳴り響く。
「…昨日、陽斗から電話来た」
「……あ、そう」
…なんか前置きとかないと、ハンドル切り間違えそうなんだけど。事故したらどうしよう。あー、笑えない、ワラエナイ。
「怒られた」
「…あー、うん、そうなんだ?」
そうなんだってどんだけわかりやすい嘘ついてんだよ。これじゃ、なんか裏でなんかしましたって言ってるみたいじゃん。
「雪瀬傷つけるだけなら返せって言われた」
「うわぁ!」
やっばい、今ハンドル切り間違えた。あーもー、ほんっと事故るとこだったじゃん。あーぶない、危ない。これ以上危険な運転できないから、とりあえずファミレスの駐車場に停車。
「って、あいつそんなこと言ったの?」
「言った。いや、半分は冗談だろうと思うけどさ」
半分は本気なんかい。それはそれでどうなんだよ。
「でも俺より陽斗の方が、雪瀬のことわかってるのも事実なんだよな、」
「そりゃあそうでしょ。あんたよりあいつといる時間の方が長いし濃いもん」
今はこんなんでも仮にも付き合ってたわけだし。あいつは私のこと、けっこう知ってると思うよ。
「だから、」
「だから陽斗のほうに戻った方がいいって?…‥それ、本気で言ってるの?」
なにそれ。意味わかんない。なんなのよ、それ。
「陽斗はそんなつもりでそんなこと言ってない。それだってわかってて、そんなこと言ってるの?」
「違うけど、」
「じゃあなに」
言葉はどんどん荒々しく、とどまることなく鋭利になっていく。それはいつでも、向けられた人の心に深く刺さっていく。




