猫ってかぶるもの以外なにがある?(4)
「ただいまー」
再び時村家の玄関をくぐってリビングに入ると、美味しそうな匂いが充満していた。凛久と帰った私を時村家一同が迎えてくれて、なんだかさっきまでの暗い気持ちがいっきに晴れたような気がした。
「さぁ、座って!もう直ちゃんのために腕をふるったんだから」
「母さん、そこは嘘でも久しぶりに帰ってきた息子のためって言ってよ」
「何言ってんのよ。帰ってこないどころか連絡もよこさない愚息にふるう腕なんかないわよ」
「ひっでぇ」
ホホホと優雅に笑ってはいるが、お腹は真っ黒くろすけな芽衣さん。いやぁ、さすがっす。
「あ、私なんか手伝いますよ」
と、キッチンに入ろうとしたけれど、由良さんに手をつかまれて座らされた。由良さん、見た目のわりにけっこう力あるんですね。この家、意外性しか見当たらないなぁ。
「凛久、なんとかしてくれたみたいね」
「え?」
手伝うと言った私の代わりにキッチンに投入された凛久を見ながら由良さんは言った。その表情はどこか嬉しそうだった。
「私、なにもしてませんよ」
「嘘おっしゃい。あんな公園のど真ん中で凛久のこと叱ってたくせに」
「いや、あれは叱ってたとかじゃなくって…って、ぇえ!?み、見てたんですか!?」
「ええ。一部始終」
「それって全部じゃないですか!?」
なにそれ!?全部見られたた!?うっそ、恥ずかしい!穴があったら入りたい‥!
「あの後どうなるかなーと思ってずっとつけてたのよ、父と」
「いやぁ、あの時の直ちゃん男前だったなぁ」
「そんなことないですよー‥って、なんで!?なんで秋穂さんまで!?」
「父さん、職業柄、尾行とかするから、なんか本格的にやろうとしてて大変だったんだから」
「あのな、由良。尾行はばれちゃまずいんだから、いかに自然にその場に打ち解けるかが鍵なんだ」
いや、論点そこじゃねぇし。まず尾行自体許された行為じゃねぇし。それ、ストーカーっていう犯罪の一種だし。公私混同すなっ!
「でも本当に男前だったわね、直ちゃん。『誰にもったいないって言われようが、ふさわしくないって言われようが、あんたは私が選んだ人なの』って、私もそんなこと1度でいいから言われてみたいわ」
ああもう、何でわたしこんな恥ずかしいセリフ言っちゃったんだろう。穴がほしい!
「おかげでますます直ちゃんが気に入っちゃったわ」
と、それはそれは可愛らしく言ってくれるが、なんだか、すこーしだけ、恐怖を覚えてしまったのは気のせいではないはず。
「でも鉄平君は相変わらずって感じだったわね」
「そうかい?父親に負けず劣らず男前に育ってくれたじゃないか」
「…そういうことで言ってるんじゃないわよ、もう」
由良さんはほほを膨らまして秋穂さんを見た。秋穂さんは首をかしげてなにかを聞こうとしたけれど、「ご飯にしましょう」という芽衣さんの言葉に話は中断させられた。私としても、すごく気になった話で、なんだか惜しいことをしたなって思ってしまった。
「ごちそうさまでした」
綺麗にたいらげた皿を見ながら言うと、芽衣さんはとても満足そうにその様子を見てくれた。それはすごく微笑ましいことなんだけど、いかんせん、さっきの凛久への容赦ない言葉の攻撃があったせいか、少しだけ怖かったりする。ちらりと時間を確認して、そろそろおいとませねばという言葉が頭の中をよぎった。凛久はくつろいでいるみたいだからきっとこのまま泊まるっぽい。
「じゃあ私、そろそろ」
「何言ってるの!こんな時間から息子の大事な彼女さんを帰すわけないでしょう!せっかくなんだから泊まっていきなさい」
「えっと…じゃあ、お言葉に甘えて、」
と、なんか嫌だと言えない雰囲気でおされてしまって了解の返事をしてしまったが、…甘えてよかったのか?彼氏の実家にお泊りなんて…よかったのか?私。
「バカだなー、直は」
部屋に布団を敷きながら、凛久はそう言った。その言葉に足元にあった枕を思いっきり投げつけてやると、ちょうど振り返った凛久の顏に見事命中した。私、ナイスコントロール!ざまぁみろ!
「もとはと言えば凛久が帰るって言えばなんの問題も起きなかったんでしょうが。馬鹿はどっちだ、馬鹿は」
「…直、最近よりいっそう口悪くなったよね」
「誰のせいよ」
「ぇえ!?俺のせい!?」
「それ以外なにがあるって?」
つーかとっとと布団を敷け、と言ってやれば、凛久はため息まじりにうなずいて止まっていた作業を再開させた。
「つーかさ、さっきからずっと思ってたんだけど、私凛久の部屋で寝ていいわけ?」
「あー‥それは俺も思ってさ。言ったんだよねー、姉貴の部屋か空き部屋にしてって。したら、父さんにはあんなこともあったから空き部屋はダメだって言われて、姉貴には彼氏の身内の人間と一緒に寝るよりあんたといるほうが直も落ち着いて過ごせるでしょって言われた」
「…いいのかよ、それ」
「さぁ。まぁみんなにずっと今日は抱くなって釘は刺されてる」
…いや、いいのかよ、それで。時村家、すっごく不安なんだけど。
「まぁいいんじゃねぇの?俺としてはこっちのほうが安心できるし」
「なんの安心よ」
「えー?直が横にいるだけで心配事がひとつ減るんだよー」
「何の心配」
「え、そこ言わせちゃうの?」
「…あーもー、うざい。なんか今いっきに冷めた」
「えぇ、直!?」
なんか鬱陶しくて私はさっき投げつけてやった枕をもう一度、凛久の顔面めがけて投げつけてやった。
…やっぱ私、コントロールいいわぁ。




