9話:友人(後編)
飛翠を伴ったガウは「良庵」へと帰還する。
マサハルは先ほどの騒動がまるで無かったかのように平然と準備を行っていた。
「今、帰ったぞ~。」
「邪魔するよ」
「おや、これは珍しい。“妖刃”様がお越しとは。」
「やめろ、お前にそれを言われると気色悪い。鳥肌が立つ。」
「それはなんとも酷い言われようですね。邪魔するなら帰ってください。」
「おいおい客に向かって帰れはないだろ。帰れは。」
皮肉の応酬にも思われる一幕。
しかし、他愛もない会話の中の澱みない掛け合いが二人の関係を端的に表している。
もうかれこれ10年以上の腐れ縁。それが二人の関係だった。
当然、そんな会話を交わしながらも野菜を切ったり鍋の火を確認したりとマサハルの手は休まない。
「私の料理は1番じゃないですか?」
「1番のつもりじゃないと思ってたぞ??」
「ははは、その通りです。そもそも1番の料理って何なのでしょうねぇ。」
「俺は腹一杯食えれば文句はねえぞ。」
「ガウの腹一杯は普通の人の10人前を超えるでしょうに。」
(料理人の姿が板についてるな。)
出された酒を飲みながらガウと軽口を叩き合うマサハルの動きをじっと見つめる飛翠。
彼の料理に対する熱意は昔から知っていた。ヒノモトの男児たるもの身の回りの事は
出来たほうが良いという異端の考えを持ち、炊事洗濯裁縫など家事に関してそこらの主婦顔負けの腕前だった。特に貧しい食材でもそれなりの料理に仕立てあげる様子に女であれば惚れてたかもと戦慄を覚えたものだった。
「旨い物を食べれば、幸せな気持ちや頑張ろうという想いが沸くものです。
それは西も東も人間も妖も老いも若きも関係ありません。皆思う事なんです。
刀で殺す事や守る事は出来ます。しかし料理のように人を癒したり幸せにしたりは
なかなか出来ないんです。」
なぜ料理にそこまでこだわるかを尋ねた時にマサハルから返ってきた答えだ。
それと同時に出された汁物は戦場で疲れた飛翠の心を癒し、何杯もお代わりした事を
今でも覚えている。そしてその後遠い目をして冷たく放った言葉は忘れられない。
「旨い物を食べれば死にたくないと考え命を大事にする。この戦を頑張って生き残ろうと
奮起する。逆に飯を抜けば死に物狂いで奪おうとし死に対する恐怖を薄れさせる事もある。飯とて使いようによっては武器となるんです。」
「たくさんの人が死ぬんですね。だけど躊躇する事は出来ません。終わるまで戦は続くからです・・・やはり戦は嫌いです。」
当時戦嫌いを公言すれば臆病者の謗りをまぬがれなかったが、マサハルはそれを気にも留めていなかった。周囲が眉を顰める中、武功を求めず
(そして戦は終結した。ヒノモトも平和になって今じゃ皆それぞれの道を歩んでいる。
それでもやはり「あ、飛翠殿?」!?)
「・・・どうした?」
回想を遮られ生返事を返す飛翠にマサハルは先程役人に渡された文書を突き出す。
「こんな事をされても困りますよ。」
なぜ、先程マサハル達が役人と揉めていたのか得心した飛翠は改めて文書の内容を確認する。
簡単な内容としては“「良庵」店主、軍学校料理番に任命する。店員ガウ、軍学校入学を命ずる”とあった。そして差出人には“斉藤琴音”と書かれていた。
「さすが大久保良太と激しくやり合った“精刃”様。真面目な事で。」
「これは・・・お前分かってて言ってるだろ?」
「理解は出来ますが分かりたくないですね。」
「良太なら鼻で笑って破り捨てそうだな。」
ヒノモト統一後、軍縮に伴い徴兵制は廃止され、軍への入隊は基本的に志願制となっていた。また入隊にあたって軍学校にて基本要項を学習した後に任地に配属される事になっていた。マサハル達の学校への加入は強制は出来ないが、“四刃”がこういう形で権力を行使した場合、普通なら逃れる事はまず無理であった。マサハルの軽口も自分と彼との間柄であるから聞き逃せることだった。
「いや、私が言ってるのはそこじゃありませんよ。どう考えても女子の書く字じゃないでしょ。それに花押も違いますしね。」
「はぁ!?」
慌てて字を確認する。なるほど、達筆ではあるがどう考えても男が書いた文字だ。それに、本人だという証明の花押も似てはいるが違う。ここで考えられる可能性は1つ。偽造文書の作成である。
「こんなのが横行していたら国が乱れますよねぇ?」
「・・・そうだな。」
「これを取り締まるのは誰のお役目でしょうねぇ?」
「・・・俺だな。」
斉藤琴音は国の政治を司る職務に就いている。夫の富嶽は軍事を、大久保刹那は教育を担当し、そしてマサハルの目の前にいる飛翠は治安の担当であった。
そして、これにより判明した事がある。
「また、しばらく家に帰れませんねぇ?奥方殿が怒るのでは?」
「・・・分かってて笑うな。腹が立つから」
「私も追いかけられたくないですよ。」
四刃の権力は大きい。そのせいでこなす仕事の量も半端ではないのだ。しばらくは城に寝泊りしての連日徹夜の作業が続くだろう。
「くそっ!!こんな時、良太が居れば面倒がないのに・・・。」
「エドで仕事している人間にそんな事を求めても無駄でしょう。大事なのは今自分が何をするかですよ。」
「・・・ソウダナ。」
大久保良太。
幼き頃よりツバキに仕え、敵方の王ムネシゲをして、「武は凡庸なれど、戦を極めし者」と称されるほどの男だった。統一のきっかけとなる最後の決戦前に強引な手法で大久保家頭首に就任。広大な領土の大半を返上する事をツバキに確約し後の妻となる刹那に座を譲り渡した。現在はエドに拠点を構え、東方の統治を任じられている。
「ま、これでも食べて今晩から頑張ってください。」
マサハルは笑いながら親子丼を差し出した。一口食べる。鶏肉の弾力と半熟の卵のかからんだ飯が絶妙に合う。かかっているタレも甘辛く飯だけでもかき込める。
(事態が解決したら絶対ぶん殴ってやる。)
これから城を揺るがすであろう騒ぎを持ち込む原因である男の作った食事を飛翠は貪り食うのであった。
難産でした。仕事の不調もあったからかも知れませんが、もうちょっと要領よく出来なかったかなぁ・・・。