7話:師弟
ヒノモトとして1つの国家が形成されるまでは、
まさに群雄割拠の戦国時代であった。
数々の勢力が現れては消え、次第に大きな勢力に併合されていった。
その中で後に「武神」と呼ばれる大久保幻斎、
「東の覇王」と呼ばれるムネシゲの両名に率いられた
東西の勢力は長い間、膠着状態を保ちながら小競り合いを続けていた。
その膠着状態から脱した要因として西の勢力を率いるべく
幼い頃に女王の地位に就いたツバキの名が挙げられる。
ツバキは西の重臣であった幻斎の庇護を受けながら、
無名の若く有能な人材を次々と登用する事で強固な組織体制を確立。
そして、”四刃”と称される事となる若者達を配下に収めた女王が争いに終止符を打ち、
ヒノモトと国家の名を変え統一されることとなる。
統一がなされて7年、長きに渡る戦乱の時代から平和な時代への変遷のさなか、
戦のない日々を甘受しながら民はその日を懸命に生きる。
「良庵」もその恩恵に与りながら、商いに勤しんでいた。
トントントントン
包丁で食材を切る音が店内に響き渡る。
今は昼の営業のための準備中。
ミコトとガウは寺子屋に行っているため、マサハル一人で作業を行っていた。
一人で仕込み等を行うのは正直重労働ではあるが、
彼にとっては二人の教育の方が大事だった。
相談事を持ちかけてくる常連客も空気を読んでこの時間帯には来店しない。
来るのは突発的なトラブルか空気を読まない者だけである。
バチバチバチバチ
釜から音がしてきた。少しして釜戸の火を消す。
後は蒸らせば炊飯は完了である。
その間にも、マサハルは魚に串を打ち作業の手を止めない。
串を打ち終えたかと思えば、塩漬けにしてあった野菜を引き上げ一口大に切る。
それが終わると蒸らした釜の飯を御櫃に移す。
蓋を開けると飯の甘い匂いとお焦げの香ばしい匂いがマサハルの鼻腔をくすぐる。
御櫃に移し終えると残ったお焦げの部分をこそげ落とし醤油で軽く味付けをし握っていく。
幾つかを竹で編んだ弁当箱にいれ、残りは皿に載せる。
漬物と味噌汁を加えて賄いの完成である。
その様子を鋭い目つきでじっと観察している老婆がいた。
若い頃は怜悧な美人で通ったであろう顔立ちで、
背筋もシャンとしている。
彼女は駒鳥屋ヨネ。
マサハルの料理の師匠だった。
「きちんと精進を積んでるみたいだね。」
「ありがとうござ「だけど技術的にはまだまだ甘い部分もあるさね。」
・・・ハハハ、頑張ります。」
いつも飄々としているマサハルも師匠の前では形無しだった。
生まれた頃から自分を知っている人物を前にすると誰しも同じなのかもしれないが。
「それにあんたぐらいだよ?あたしにそんな料理出してくる弟子は。」
「他の人達とは店や料理の格が違いますからねぇ。
それにいきなり来られても困りますよ。」
「あんたの場合はいつ来ても同じような料理出すだろうが。
それに急にきたからといって料理の味を落とすようじゃ弟子を名乗ってほしくないね。」
ヨネに出した料理はお焦げのお握りに野菜の皮を塩漬けにした香の物、
大根の葉などを具とした味噌汁。
店では出せないが賄いで食べるにはちょうど良い端材料理であった。
ヒノモト一と称されるヨネの弟子の殆どが一流料亭や領主付の料理人になっており、
厳しい修行に耐え切れず途中で挫折した者が一膳飯屋の主に納まる事が
大まかなパターンとなっていた。
マサハルが出した物はそんな最高峰の料理人に出す料理ではない。
他の者が見れば憤慨する所である。
「されど貴賎なし。師匠の教えはきちんと守ってますよ。」
「あんたに師匠と呼ばれると背筋が寒くなるよ。」
「ははは、それはひどいですよ。それより味はどうです?」
「見てわからないかい。」
皮はしんなりしつつもパリパリと歯ごたえを残し、
食べやすいように均一に細切りにされている。
味噌汁の具は柔らかく煮込まれており老体には優しい味に仕上がっている。
お握りも米の研ぎ方・炊き方共に申し分なし。
素材を無駄なく使いきり、元の悪さを技術でカバーする。
料理の真髄の一端を込めたマサハルの腕にヨネはとりあえず合格点を心の中で出す。
「満足していただけたようで。」
「ふん、まだまださね。」
「不肖の弟子ですからね。一歩ずつ地道にいきますよ。」
「そうしな。」
「ミコト達を迎えにいってきます。ちょっと留守番お願いしていいですか?」
「開店までには引き上げるからね。早く戻ってきな。」
ヨネにとってマサハルは私人としては孫のような存在だった。
料理人としては突飛な発想はするものの決して筋の悪い弟子ではなかった。
ゆえに惜しいと思う。彼が自分の後継者となりえないから。
幼き頃より見知り、彼が包丁を持つようになった理由も知っている。
その過程で自己流が身に付き過ぎ基本と心得くらいしか教えられなかった。
本人もそれを分かっており、じっくり直していけば良いと焦っていない。
(出来ればあたしが死ぬまでに芽が出てほしいものだ。)
長かった戦乱は終わった。
ヨネはようやく来た平和の中でマサハルの将来を案じずに入られなかった
余った具材で作る料理って結構雑多な物になりがちですが、
酒のつまみにゃちょうど良いと思います。
もちろん、お焼きにするなど主食としてもいけますがね~。
そろそろ、マサハルの過去編にも手を付けようと思ってます。
設定集みたいなのも作ったほうが良いですかね?