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24話:老龍の凱歌(その3)

アスカが見上げると


「おっきいお団子!」


と、言いそうな満月の明かりが隙間から優しく差し込む屋内。


マサハルが躊躇を振り払うために幻斎と立ち会った道場内で

傷だらけの状態で倒れ伏しながらもガウは愉しんでいた。

口元からも笑みが零れ落ちんばかりだ。


(ハハッ。これが最強って呼ばれてる爺さんかぁ。

 昔に主が全然勝てなかったってのも分かる気がするぞ。

 そんで主と向かい合うより楽しい)


対する幻斎も額につたう汗を拭いながらもガウとのやり取りを愉しんでいた。

年のせいで痛む腰も行為の代償と思えば彼にとっては心地よいものであった。


(あ奴の言った通りに未熟な点が多すぎる。それも若さゆえと思えば苦にならぬか。

 そして何より未熟とはいえ今の時点でも十分。わしの血が滾るのはいつ振りじゃ)


それでも互いに若干不満があった。少々物足りないのである。

一線を越える手前ギリギリで踏み留まり続けるのは二人の性に合わなかった。


(楽しい事は楽しいけどよ。

 主とやった時みたいにザワザワした感じがねえんだよなぁ)

(良太が教えてるにしてはちと単調過ぎる。

 まだ剥き切れてないのか、店が忙しくて手が付けられてないか分からぬが、

 一目見たときの印象とはかけ離れ過ぎとるの)


ガウは傷だらけの身体を起こし胡坐をかく。

まるでダメージを受けてないかのような無造作な所作が幻斎の目をひく。

そんな驚きをよそにガウは働きが悪いと自覚している頭で違和感の正体を暴こうと考える。


(初めて主とやった時は何かこう肌が騒ぐ感じがしたぞ。

 刀が肌に近いというか・・・お嬢なら上手い事言えるんだろうなぁ)


痛みはまったくない。

しかし、傍目から見るとボロボロにされている。

攻めの一手を出す前に潰される。

防御が間に合わず一太刀入れられる。

一太刀繰り出せば三太刀飛んでくる。

そこにある技量の差は明らかであった。

その過程に恐怖があったかというと全くもってなかった。

楽しんでいる最中に気が付かないほど身体に傷が付く。


それが指し示す事をガウなりに結論付ける。


(遊ばれてるなぁ・・・)


落胆はなかった。

絶望もなかった。

ただただ沸き起こる感情は歓喜であった。


(主の言ってた通りだ。やっぱり世の中ひれぇ)

 

マサハルに関してはいずれ追い付くとワクワクしていた。

四刃に関してもマサハルが自分より一段上の域にいると言ってただけに、

その強さが想像できた。

しかし、目の前にいる人物はその埒外に存在していた。

加齢の影響、終戦により実戦から遠ざかっているにも拘らず、なお自分より強い。

戦い好き、喧嘩好きのガウの血が激しく騒いで仕方がなかった。


この時点でガウはマサハルの言い付けを破る事になる。


マサハルはガウに関してはミコトやアスカ程手をかけて養育していない。

血を分けた存在ではないからという事ではなく、

それはガウなら何とかなるし経験で学ぶ性質と感じていたからである。

放任主義とも取れるがそれもそれで一種の信頼の証であった。


此処に来る際にガウにしたマサハルの言い付け。

それは、


「お爺様もいい年ですから出来るだけ手心加えてあげてくださいね」


本気でやりあってもどこまでやれるか分からないガウに

苦手な手加減をしろという無茶振りであった。


ガウは手元にあった木刀を両手で掴み力を込める。

ミシミシと悲鳴をあげ、へし折れた。


「なあ爺さん。悪いが得物を変えてやらねえか?」


その言葉に幻斎は自分の見る目が間違っていなかった事を喜ぶと共に、

このやり取りの切欠となった会話を思い出した。





(こんな飯初めて食べたぞ)


幻斎から出された食事をガウは戸惑いつつも受け入れていた。

初めは量に不満を覚えた。

丼飯一杯だけという普段のガウからすればとんでもなく少量だった。

あくまでガウにしては、である。

幻斎に至っては茶碗に六分目とガウからすれば呼び水にもならない量であった。


色もマサハルが出す白い飯ではなく少々茶色を帯びていた。

精白されていない玄米や麦のそれであった。


それを幻斎は熱した鉄鍋に胡麻の油を引いて少量の味噌を混ぜて軽く炒めた。

マサハルに手ほどきをしたと言うだけあってその手際は練達されたものであった。

若い物にはこれくらいの方が好ましいだろうといって胡麻塩を軽く振りかけて、

アクセントに刻んだ沢庵を加える。

いわゆる玄米と麦飯の味噌焼き飯である。


「わしも良太も昔は行軍中によく食べておった」


と述懐するそれは平和が訪れ豊かになったことで増えた白米に慣れた今のヒノモトの民には

受け入れられ難いモソモソとパサパサとした食感である。

しかも何度も噛み砕いて咀嚼しなければならない。

しかし、焼き飯にする事でパラリとした仕上がりに置き換えられ、

噛めば噛むほど滋味が滲み出る味わいに書き換えられる。

沢庵のカリコリとした食感も飽きなく噛める手助けをしていた。


さらに腹持ちがいいとなれば、さすがのガウも


(皆いろいろ工夫してるんだなぁ)


と、感心せざるをえなかった。

それでも、ガウはこの食事でも何度もお代わりをし、幻斎を呆れさせていたが。




 

 


「わしを武をもって超えて欲しいのじゃよ」

「あん?」


食後に酒をちびりちびりと呑んでいた幻斎がポツリと呟いた。

突然の発言に未だ食べ続けていたガウの手も止まる。

お主に限って言った事ではないと前置きした上で幻斎は続ける。


「わしの最後の仕事はな。次の代の最強を見届ける事じゃと考えておる」


次代の最強。


それは紛れもない武の頂点。

彼の次の世代もその次の世代にも越えられていないほどに高き頂。

彼自身が譲り渡したいと思っても、それは他の者には手の届かない場所にあった。

そして下りにさしかかっても誰ともすれ違わない境地。


「今後、武の力を奮う場というのは限りなく小さくなっていくじゃろう」


これは世事に疎いガウにも理解できた。


「まあ、戦がないからな」

「それでも力というのは不要になるのか?ならんよ。

 ただその在り方が変わるだけで力その物は不変であり不滅」


敵を攻め、倒し、屠る。

それが戦乱の世に求められた武力。


しかし、時代は移り変わる。

求められる力は、民を守るものへと変わり往く。

力を振るう相手である罪人に対してもなるべく生かして倒して捕らえるという、

武力と繊細さが同時に求められる。


「あん?ようは俺のような奴はいなくなるのか?」

「だが、それでもわしは見たい。若き世代がわしを越えていく様を。

 わしを追い抜き背中を見せて、なおも進み続ける姿をな」


そう考えるのは我侭か?


何かに浸るように呟く幻斎。

どれほどの月日の分の思いが込められているのか。

若く世事に疎い少年には知る術もない。

そんなガウでも考え付くのは身近で単純な質問であった。


「主はどうなんだ?」


予想していた問いなのだろう。

幻斎の答えは間髪なく返される。


「あいつはその類の事には一切興味が無い。

 じゃが己の願望のためにその境地に限りなく近付かなければならんかったがな」


かつてのマサハルの願望。

それは椿と添い遂げる事。傍で支えとなる事。

椿が王として生れ落ちた世界において、それはとんでもない大望となった。


「此度はちょいと事情があってな。それさえなけりゃあ奴の事じゃ。

 勝手にどうぞとぬかしておったじゃろうなぁ」

「主らしいといえば主らしい」


ガウは己が慕う主の様が容易に思い浮かび思わず笑った。

自分の主は確かに刀よりも包丁を持っている方が似合っている。


ミコトやアスカに遊びをせがまれながら料理を作るマサハル。

刹那に折檻されながらも機嫌を取るために料理を作るマサハル。

漢らしく酒を呑む椿に溜息を吐きながらも料理を作るマサハル。


その光景が似合いすぎて、それを見て笑う自身も気に入っていて、

それゆえに老人の語った一言でどうしようもない火が着いてしまった。


「最後まで生き残った者が勝者という論でいけば、むしろ極みに入るくらいじゃろうて」





  


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