表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/55

22話:老龍の凱歌(その1)

アスカの朝はおねしょの確認から始まる。

目覚めた後に自分の布団に潜り込んで濡れてないかを

手でパンパンと叩いて感触で確かめるのだ。


「きょうも大丈夫」


さすがに何回も繰り返すと懲りる。

寝る前に水気は取ってないし厠へも行っている。

途中で目が覚めて行きたくなったら一緒に寝ている曽祖父を起こす。


「これでアスカもおとな」


人から見れば極々小さなにじり寄りでも本人からすれば大きな一歩なのであった。

そんな自分に満足そうにウンウンと頷くと、ふと気付く。

横には見慣れない光景が広がっていたからだ。


大好きな曽祖父が横でまだ寝ている。

よく考えれば毎日、曽祖父に起こされて目が覚める。

しかし、今日は一人で起きれた。


「これもおとな」


自分の成長に悦に浸る間もなくアスカは隣でまだ寝ている幻斎へ近づく。


「じぃじ。あしゃだよ」


掛け布団の上から体を揺さぶる。

しかし微動だにしない。


頬を膨らませながら布団を剥ぎ取ろうと引っ張る。

彼女にとってはとても大きな布団はズルズルと少しずつ引きずられ、

その違和感は老人を起こすに十分なものであった。


「うぅん・・・」


かすかな呻き声。

それでもアスカには十分だった。

幻斎の耳元に近づき額をペチペチと叩く。


「じぃじ、あしゃ」

「ん・・・」


ゆっくりと幻斎の瞼が開かれる。

まどろみから醒めて大きく映った曾孫の顔を見て取る。


「あしゃ」

「ん?おぉ・・・おはよう、アスカ」

「おはよー。おなかすいた」

「ははは・・・そうか。すぐ用意するから先に掃除を済ませておきなさい」

「ん」


幻斎は曾孫の髪をクシャクシャと撫でながら身を起こす。

伸びをして固まった体を解していく。

その様子をみてアスカも言い付けを守るため廊下に出る。

庭の掃き掃除が彼女の朝の日課だったからである。


それを確認して幻斎は安堵の溜息をつく。

布団からは出ず、顔を下に向ける。


目覚めると曾孫が自分より早く起きていた。

自分より大分寝ぼすけな曾孫にである。

それは良い。

成長を慶ぶという取り方もあるし、自分だって偶のしくじりがある。

焦りを覚えたのは寝間着に出来た穴を見た時だった。


見事に指で貫いたと思しき穴が五つ。

その先にあったのはある部分を囲むように傷跡を残した胸板。

ある部分とは生きとし生ける者として重要な機関。

心の臓。


自分が何時の間にか寝ていたのではなく気絶していた事に気付き、

自分の老いというものを改めて知らされた。


「そろそろ近いのか・・・それとも今まで通りにはいかぬだけか」


人とはいつか死ぬ。

それは多くの命の散っていく様を見てきた老人にとって、

ただ自分の番も来る、ただそれだけの事でしかなかった。


多くの命が散った地獄のような時代を駆け抜けてきた。

幸い食うにも困らず子を成し、その子も無事に子を産み、

今では曾孫まで見ることが出来ている。

死が無作為に振りまかれた時代を考えると恵まれていると素直に思える。


私人としては最早悔いは無い。

叶うなら曾孫の嫁入りまで見届けたいと思うが、それは望外の幸福というものだ。


だが、公人としては遣り残したある。

引き継がなければならない仕事がたった一つだけ残っていた。

余人からすればとてつもなく高い壁。

引き継いでくれそうな者の心当たりは五人。


それぞれの顔が幻斎の脳裏に浮かぶ。

一人は胡蝶太夫。

最も可能性があるが腐れ縁の存在が同じ事をするであろうから除外。


石橋飛翠。

彼も可能性が高いが他の仕事もある上に好みではない。


斎藤富嶽。

大きな才能はあったが、今では伸び白が少なそうである。


己の孫にも可能性はあるが本人がその事に関して全く眼中にない。


残る一人。

他の四人より少し望みが薄い。

しかし、可能性が最も残された者。

そして如何にも幻斎好みの素材。


(義務ではないが、誰でもいいから成して欲しいものじゃな)


残された時間は限りなく少ない。

自分の取れる手段も限られている。

むしろ一つに絞られた。


「さて」


善は急げと言わんばかりにテキパキと身支度をする。

アスカにも朝餉を食べさせなければならない。


(その後は軽く掃除をしてから向かうとしよう。

 アスカも喜ぶじゃろうて)


己に否が応にも巻き込まれる者の身も一瞬だけ案じたが、

結局本人も喜ぶだろうと切って捨てた。




その頃。


「はっ・・・っくしょん!?」


「良庵」の店内に大きなくしゃみが響き渡る。


「だ、大丈夫?風邪?」


あまりの大きさに思わず耳を塞いでしまったミコトが心配そうに尋ねる。


「だ、大丈夫だぞ・・・」


己のしたクシャミに酷い耳鳴りを催しながらもガウは気丈に答えるのであった。

このエピソードは料理分は多分少なくなります。

それでも書きたいエピソードの一つでした。

もしかしたら外伝OR閑話として作るかもしれませんが、

とりあえずは最新話として投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ