5話:挑戦
今回はコメディーというかなんというか中途半端な立ち位置ですが、比較的安産でした。個人的にはこういう小話っぽいのは好きです。
その日、「良庵」は休業日だった。
にも、かかわらず卓には様々な料理が並べられていた。
蒸し物、和え物、揚げ物、焼き物、丼、炒め物、漬物、煮物
宴会でも始まるのかといわんばかりに様々な種類、
100にも届けと言わんばかりの料理が
マサハルとヤンの手によって作り出された。
ヤンは汗だくで卓に突っ伏していた。
ガウは料理を早く食べたいと目を血走らせていた。
ミコトは目の前の光景にドン引きしていた。
そしてマサハルは・・・
箸を持ったまま痙攣し床に倒れていた。
「料理を手伝ってほしい?」
依頼を解決してもらった礼を言いにヤンが「良庵」を訪れた際、
珍しくマサハルが依頼をかけたのである。
「ええ、お礼は弾みますよ。ですから・・・」
「いや、マサハルさんからお礼なんて取れないヨ。
アンタ、何かヤバイ事に関わってるのカ?」
「いえ、個人的な理由なんですが・・・」
「それにしては顔が深刻すぎるヨ・・・」
言葉の通り、マサハルの顔は今から死地に向かおうとしているかの如く引き締まり過ぎていた。
新しく出来た友人の悩みを解決してやりたい。
その一心で、ヤンは理由を問いただし料理を作る事を決意した。
それは、料理を作る者として腕を問われる大事、
いや、避けては通れない宿命の戦いのようなものだったからである。
それから、2人は何を作るかを数日に渡って入念に打ち合わせを行った。
調理の器具も特注で揃えさせた。
材料の仕入れも2人自ら鬼気迫る表情で吟味を行った。
そして決戦の日を迎え、彼らは惨敗した。
絶妙な塩加減の漬物、1秒たりとも調理時間を見逃さなかった蒸し物、
生の部分と火の通った部分のバランスがジューシーさを醸し出した焼き物、
サクッとした衣に蕩けるような中身がたまらない揚げ物。
その日の2人は料理人として神がかっていた。
まさに、相応しい場で行えば間違いなく歴史に名を残すような競演だったはずである。
それが成す術もなく敗れた。
マサハルは無力さを噛み締めるかのように天を仰いで倒れた。
ヤンは張り詰めた気力が途切れ崩れ落ちた。
「マ、マサハルさん。これはもう無理ネ。諦めるヨロシ」
「し、しかし・・・」
マサハルの言葉に力はこもっていない。
目も虚ろである。
何がここまで彼を駆り立てたのであろうか。
それは男の料理人の、そして親としての意地であった。
「父様、そんな所で寝ると風邪引いちゃうよ~」
「どうでもいいから、早く食いたいぞ。」
慣れた光景なのであろう。
この時ばかりはミコトとガウは薄情であった。
その様子にヤンは内心ため息をつきつつ、ミコトに向かってこう言った。
「マサハルさんがこの有様だからネ。言いたい事は私が代弁するヨ。
お嬢ちゃん、好き嫌いはよくないネ。食わず嫌いはいけないネ。
少なくとも、嫌いな物をなくす努力は必要ヨ。
けどね、それでも食べられないなら仕方ないネ。諦めるヨロシ。
お父上みたいに、ここまで追い込むのは馬鹿がする事ネ。」
「うん。頑張って好き嫌い直すよ。」
ミコトは目の前の光景、
焼き茄子、蒸し茄子、麻婆茄子、茄子の素麺など、
ヒノモト、大陸の技術の粋を結集した茄子料理尽くしに奮戦むなしく敗れ去った
茄子嫌いのマサハルの姿を見て
(嫌いだからと我侭言うのはやめよう)
と固く誓ったのであった。
その日、マサハルは茄子に取り囲まれるという彼にとっての悪夢を見た。
大人の意地は時として、恥ずかしい事を曝け出してしまうものである。
今回は私の実体験を絡めたお話です。
どうしても食べれないものってありますよねww
子供の頃は親に反発した件でもあります。
「好き嫌いせず何でも食べろ」
「そっちはなんで食べへんねん。」
「大人になったら別に食べんでもいいねん。」
子供に対する親の常套手段ともいえますw
しかし、それは口が裂けても言わないマサハル。
ご愁傷様です。
料理扱った小説で、
嫌いな食材が食えないままって普通書かないよなぁw