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18話:師の壁(その7)

白い飯の池の上に華のように並べられた赤い切り身が色濃く映える。

その中心には小さいながらも黄緑の山葵がアクセントとして置かれていた。


「父様が料理には見た目も大事って言ってたんだよぉ」


ミコトは丼を椿に差し出しながら、だから頑張ってみたよとニコニコ笑いながら話す。


「時には、と言う事じゃろう?端折るのは良くないぞ。

 少し前ならば縁起や見た目が味以上に重く見られる事もあったからのう」


見た目と聞き自分の作ったなめろうをじっと見つめるアスカを膝に抱えながら、

幻斎はかつての光景を思い浮かべる。


戦の前には勝利を祈願して必ずといって良いほどゲン担ぎが行われていた。

時として、作戦の決定や兵法上の判断など以上に「吉凶」の判断が重要視された。

その項目は細かく多岐に渡り、出陣の日取り、方角、出陣式をする場所、

縁起かつぎの食べ物、左右吉凶など細かく列挙するときりがない程である。

その一つ一つに細やかな作法が存在し、非合理的と言われようがその手順通りに

儀式を行ったものである。


食べ物についても、「打ち、勝ち、喜ぶ」を表す打鮑、勝栗、昆布を順番に食べながら、

三々九度の杯を交わし出陣に臨んでいた。

中には「こんな腹が落ち着かない物を食べて戦が出来るか」と拒んだ東の王や、

「成す」を表す食べ物が出てくるのを戦以上の気合で防ぎきった某王配など

極々少数ながら例外も存在していた事は確かである。


しかし、殆どの者がこの「吉凶」を重視していた。

それは何よりも自身の生死が掛かっていたのだから。


「そういう意味では今食しているこれはとんでもなく縁起が悪い物になるな」


椿は切り身を摘み上げながら呟く。

素材の名前もさる事ながら、醤油に染まって少し茶色味を帯びている。


「ま、そんな事は今は良かろう。美味ければいいのだ」

「父様とミコトの力作なんだよ!」


口に入れると醤油で魚の生臭さが消され、ねっとり身も旨味も舌に絡みつく。

飯と共に再び頬張る。目を瞑りゆっくりと咀嚼する。

飯とタレとマグロがそれぞれを引き立たせるかのように絶妙に絡み合い、

一つの旨味となって舌の上でほどけていく。

しかも切り身の大きさや飯の盛り具合など分量のバランスも良く考えられており、

食事をするのに疲れるという事がないだろう。


「見事だ。縁起が悪いとかそういう事を超越した域に達しているな」

「姫様の言い過ぎとは言えぬのが空恐ろしいですな」

「お団子じゃないけどおいしい」


三人の絶賛をよそにミコトは別の鉢に入ったものを箸でかき回す。

そして箸を持ち上げ出来具合を確認すると、椿の持つ丼鉢に中身をぶちまける。


「まだまだこれからなんだよぉ」


白く粘り気のある液体がマグロ、そして飯に覆い被さりまとわりつく。


「まだその先があるというのか」


ゴクリと唾を飲み込みながら、椿は先程の見た目の美しさが完全にぶち壊された丼に

箸を突っ込む。そしておもむろに食す。噛む。飲み込む。


椿は俯き肩を振るわせる。不振そうにその様子を見つめるアスカと幻斎。


「椿母しゃまどうしたの?」


幻斎の服の袖を握りながらアスカは不安げに尋ねる。

次の瞬間、返ってきたのは笑い声であった。


「クククッ・・・ハーハッハッハッハッハ!」


高らかに響き渡る笑い声。

唖然とする幻斎を尻目に椿は丼を盆に置き、ジタバタと笑い転げる。


「おじい様も食べてみて」


ミコトは白い液体の入った鉢を差し出して勧める。


「ふむ・・・」


小指で白い液体を掬い取って口に入れてみる。

粘りと共に野趣溢れる旨味が口に広がっていく。


「これは・・・」


幻斎が口に入れたのは自然薯のトロロであった。

そして椿を笑い転げさせたのはいわゆるマグロの山かけ丼であったのである。


トロロを丼の上にザバッとかける。

そして十分に絡ませた上で口に入れる。

トロロの粘りがフワフワとした新たなる食感を生み出す。

そして、海の幸と山の幸という相反する食物の旨味が全く喧嘩することなく、

お互いに手を取り合い、新たなる旨味を生み出していた。


旨い。よくぞここまでの味を作り上げたと孫を賞賛したい。

しかし、幻斎が椿を笑い転げさせた原因に辿り着いたとき、

漏れたのは呆れ交じりの溜息であった。


椿は私の面では下ネタもいける親父っぽい部分を持っている。

そして、マサハルは料理をする時は非常に大胆である。

さらに言えば、自然薯は古来より精の付く食べ物として珍重されてきた。


椿はマサハルが自分を夜に誘っていると深読みしすぎてツボに嵌ってしまったのである。


結局椿はマサハルが部屋に入ってくるまで笑い続けるのであった。



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