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17話:師の壁(その6)

「できた」


出来上がった料理を持ってアスカが椿に近付く。

小鉢に盛られた色合いがグロテスクで粗めのペースト状の一品だった。


「アスカが作った」

「そうかそうか」


先程の椿の真似だろう。

一部とはいえ自分の作った料理を食べて貰って褒めてもらおうと胸を張るアスカの微笑ましさに、

椿は目を細めながら頭をサラサラと優しくなでてやる。

その心地よさにアスカもされるがままになる。


左手でアスカの頭をなでつつ、右手に持つ箸で料理をすくって口に入れる。

なめらかな食感に加え、あっさりと、それでいてしっかりとしたマグロの味が口に広がる。

身が新鮮で臭みがないためであろう。絡めた味噌が変に前に出ることもない。

主役は主役として堂々と前を張り、脇役は脇役として確りと固める。

珍味にして在り方としては王道。


それが俗に言うなめろうという料理であった。


なでていた左手をアスカの頭から離し、酒を口にする。

料理の旨みがより一層膨らみ、酒の旨みと絡み合う。

椿はピシャリと額に手を当てた。


「これは・・・まずいな。まずすぎる」


不味いという言葉にアスカの眼が揺れる。

自分の作った料理が食べさせたかった人に酷評されたと思えば誰でもそうなるであろう。


そんなアスカの様子もお構いなしに椿は再び料理を摘んで口に入れる。


「旨すぎて酒が止まらなくなるではないか」


天を仰ぎ見て吐息と共に次に漏らした言葉は絶賛であった。

もっともらしく椿は呟くが幻斎によって冷静に切って捨てられる。


「元々酒を止める気もなかったでしょうに」

「まあ、そう固い事を言わずにこれを食ってみよ」


椿は天を仰いだまま小鉢を幻斎に差し向ける。

幻斎も一礼をした後に箸を伸ばし、一口。

その幻斎にしても初めて口にする珍味に微かではあるが口を綻ばせていた。


「飯と一緒にかき込んでも旨いのではないですかな?」

「それは面白そうだな。後で良太に持ってこさせよう」


漏れる感想は椿とそう変わらなかった。

気心の知れた人間と酒、そして旨い食べ物。

会話を弾ませる手助けとなるものに事欠かない要素が二人の間にある。

そこに中断する要素があったとしても気に留めない。

なぜならそれは二人にとって大事な存在であったから。


「アスカも食べる」


二人が美味しそうに食べていると理解して興味がわいたのであろう。

アスカが自分も口にしようとそろそろと小鉢に手を伸ばす。

が、椿はヒョイッと彼女の手の届かない高さまで持ち上げてしまう。

手を空振りさせたアスカはつんのめり、たたらを踏むも持ち直す。

顔を微妙に顰めると再び手を伸ばすが届かない。

ならばとピョンと飛び上がって小鉢に触ろうとするが、椿がヒョイと避けてしまう。


食事中だというのに行儀が悪くはしたないアスカもそうだが、

それに対する椿のあまりの大人気なさに幻斎の口から思わずため息が漏れる。

仕方がないと、膝を立て椿の周りを飛び回るアスカの腰帯を掴むと強引に自分の懐に引き寄せる。

アスカは暫くジタバタするも振り解くのが無理と分かって頬を膨らませて椿を睨む。


「椿母しゃまイジワル」

「ん~?子供にはまだ早い味ぞ?大人の味って奴じゃ」


椿は余裕の表情を崩さずに、むしろニヤニヤとしながらアスカを見る。

アスカも幼いとはいえ多感な年頃である。

様々な人間と触れ合い語彙も増えている。

しかし椿としてはそんな彼女の成長振りも良い酒の摘みになる事など当のアスカが知る由もなく、


「アスカもおとな」

「この前寝小便垂れたのにもう大人になったか?我やミコトもびっくりの成長振りよの?」

「お野菜も食べれるし、かわやにも一人で行ってる」

「それは失礼したな。多少は大人に近づいたか」

「だから、それも食べる」

「しかし、刹那に確かめぬと食わせてよいのか分からぬぞ?」

「アスカと椿母しゃまのひみつにすれば問題ない」

「おいおい、幻斎よ。アスカが駆け引きを覚えてきたぞ」


などとグダグダの会話が繰り広げられるが、その戯れすら椿にとっては良い酒の摘みであった。

のらりくらりとはぐらかす椿に対し、追い縋るように話を続けるアスカ。

二人のやり取りは呆れ果てた幻斎によって小鉢を取り上げられるまで続いた。

その後、幻斎から小鉢の料理を貰ってチビチビと食べ続けるアスカを尻目にミコトが料理を持って現れる。


それは、良庵の代名詞ともいえる丼物であった。

あけましておめでとうございます。

不定期更新になるとは思いますが、今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。

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