12話:師の壁(その1)
そこはさながら戦場であった。
女性の指示の下、男達が慌しく動き回っていた。
女性の無駄の無い指示。
それに応える男達の技術。
そして、選りすぐられた材料。
(これがヒノモトで一番。
やはり何もかもが懐かしいですね)
マサハルはその様子を外からつぶさに観察していた。
「おい、マサ!」
突然、近くにいた男に声をかけられる
「あんた速すぎるぜ。もう少し抑えてくれないと俺がついていけねえよ」
「ははは。懐かしくてついつい張り切ってしまいましたよ」
男は疲れきった様子でしゃがみ込んでいた。
苦笑するマサハル。
手には鉈を握っており、足元には大量の薪が転がっていた。
切断面も磨いた鏡のように滑らかである。
「まったく・・・それにしても相変わらずマサの薪割りは天下一品だよな。
昔よりさらに速くなってんじゃねえか?」
「店でもやってますからね。継続は力なり、って奴ですよ」
ここはヒノモト一の料亭、駒鳥屋。
マサハルがかつて修行していた場所であり、師匠であるヨネが営む店であった。
時が経ち仕事も一段落した頃、ヨネはマサハルを自分の部屋に通した。
「ご苦労だったね」
「もう私はここの人間じゃないんですよ?それを扱き使うなんて酷いですよ」
ヨネの謝意にマサハルは苦笑しながらも文句も言う。
ヨネに呼び出されて久しぶりに駒鳥屋に足を運んだ途端に薪割りをやらされたのである。
マサハルの言い分には筋が通っているはずだった。
しかし、師匠という存在は時として理不尽なものである。
「なんだい。弟子が鈍ってないか観てやろうという師匠の心が分からないってのかい。
あの小さかった坊やも捻くれて育ったものだねぇ。あたしゃ嘆かわしいよ」
「育てたといってる老人が揃いも揃って性悪でしたからねぇ。
染まってしまうのも仕方の無いことでしょう」
着物の袖で涙を拭う振りをするヨネをマサハルは冷静に切って捨てる。
商人でもあるがゆえなのかヨネは口が達者であった。
「捻くれて育ったから訳の分からん騒ぎを起こそうとしてるんだね?
しかもご大層にこんな手紙まで用意して」
そして、あらゆる角度から切り込んでいける。
駒鳥屋ヨネ。
彼女もまた、マサハルが指名した入れ札の投票資格の持ち主であった。
「あたしゃ反対の立場だよ?
商人としても坊やの料理の師匠としても、ね」
ヨネは結論から切り出す。
それは相手を試すようなものの言い方でもあり、利を追求してきた商人の本質とも言えた。
「答えは今はどうだっていいんですよ。
私にとっては来てくれるかどうかの方が大事なのですから」
マサハルはそんな彼女をよく知っているからか、手には乗らない。
それにマサハルはヨネがなぜ反対と言い切っているのか分かっていた。
「商人としては良い関係を築き続けている椿を中心とした政府を取った方が堅実。
私は王として未知数ゆえに、うかつには手を結べない。今は」
単純にしてそこが正解。
ヨネは心の中でマサハルの洞察を肯定する。
「そして料理人としては私は未熟そのもの。
まだ皆伝もしていない小僧が道を断念して他の道に飛び込むのは笑止千万。
それは・・・これが合ってるか分かりませんよ?」
マサハルは目を細めながら頬をかく。
次に続ける言葉は自分で言うと非常に気恥ずかしいものだからだ。
「私にはまだまだ伸び白が残されていて、師匠はそれを伸ばしたい。
弄ってみたいと興味を持っている。
こんな所でしょうか?」
溜息が漏れる。
多少なりとも人の心を読む事も出来るし、考える頭もある
だからこそ、ヨネはマサハルに料理の道を歩み続けて欲しかった。
だからこそ、ヨネは今日マサハルを自分の店に呼び出した。
「その通りさ。簡単な理由だろ?
あたしにとっては、その入れ札とやらに行くまでもない事なのさ。
あんたが何かを見せてくれない限りはね」
その言葉にマサハルはあごに手を当て考える。
何かを見せる。その何かとは何をさす。
動かない相手を動かすためには我慢比べか何かを仕掛けるのが常道である。
何となくヨネの意図が掴めたマサハルは彼女の目を覗き込む。
それは悪戯を企んでいる少女のような、マサハルにとっては椿によく似た目になっていた。
「料理勝負と洒落込もうか」
「勝負・・・ですか?」
ヨネは脈絡も無くマサハルに宣告する。
「題材は・・・そうだねぇ、海の幸を使ったものとしよう。
審査する人間は此方で揃える。
期日は半月後、此処で」
自分で決めた事もあってか、ヨネのテンションが急上昇する。
テキパキと諸条件を取り決め、マサハルの口を挟む隙を与えない。
マサハルはヨネの言葉を聞きながらも思考に没頭する。
条件の穴は何か?
そもそも勝負を受けるべきなのか?
師匠の意図は?
頭の中で様々な言葉が駆け巡っていく。
しかし、どれほどの言葉が駆け巡ろうと、どれほど時間をかけようとマサハルの答えは決まっていた。
いつかは師匠に挑みたかった。
それは予定が早まっただけ。
ただ、それだけの事だったからである。
「料理の方向性はこちらに合わせて貰いましょうか」
「庶民向けの料理に仕上げるって事かい?」
訝しげな視線を向けるヨネ。
それを受け止めたマサハルは目を細めて言う。
「それぐらい師匠には容易いでしょう?」
マサハルは挑発するようにヨネをみる。
ヨネもそれを鼻で笑って返す。
「いいじゃないか。乗ってやるとするよ」
この瞬間、マサハルにとっては予定外で生涯忘れる事の出来ない師弟対決が実現することになる。
それは彼にとって厚き壁への挑戦であり、本題である王になればどのような国にしたいのか。
その一端を周囲に告げるきっかけに繋がる事になるのであった。
何時もなら前編、後編と題するのですが予定を変えます。
今回のエピソードはその1、その2と題打って投稿していきます。
これは大まかなプロットは出来上がっているのですが、
まだ話をどう分けるか検討中であるからというのと、
少し更新を早めてみようという挑戦の意味合いを含んでおります。
ご容赦の程、宜しくお願い致します。