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11話:伏する鬼(後編)

切腹するしないで揉み合いになっていた大河と権左のちょっとした切腹騒ぎも、

刹那の呆れ混じりの取り成しで収拾をつけることが出来た。


「面目次第もございませぬ」

「姉者ももっと早く止めてくださいよぉ」


必死で止めて肩で息をする羽目になった大河は刹那に抗議するが彼女の視線は冷たかった。


「あんたも義息ならちゃんと止めなさい」


刹那は大河を無常に切り捨てると頭を下げて平伏している権左へ近づく。

胸元からマサハルからの手紙を取り出し膝をついて差し出す。


「良太からです。お読みください」

「若からですと!?おぉ・・・」


権左はガバッと頭を上げ驚いた表情で手紙を見つめる

感動したのか目には涙が浮かんでいる。


震える手で手紙を受け取ると床に置き、己も額を床につけんばかりに一礼する。

それは何か神聖なものにたいする敬意と畏れの表れであった。

恭しく手紙を持ち上げると封を解いていく。


その動作を大袈裟と思いつつも見守る刹那と大河。

マサハルと権左の主従関係を思い返すとおかしい事ではないのであろうが、

それにしても神聖化し過ぎであろうと二人の考えは一致していた。


刹那にとっては愛しい連れ合いとはいえ、馬鹿をやっているのを見れば折檻をしている。

大河にとっても凄い男とは認めつつも、どうしても刹那にタジタジになっている様子しか

イメージできない。


そうこうしている間に権左は手紙を読み始める。

文の内容に一々相槌をうったりする様子など孫からの手紙を目を細めて読む

好々爺のようにしか見えなかった。


「ああなったら長いですから暫く置いておきましょうや。

 多分五回くらい読み返すでしょうしね。」

「いつもの事なのね・・・」


義理とはいえ父親を、まるで餌を与えて大人しくさせた獣のような扱いをする大河。

義理の関係なのにここまで似通う親子も珍しいと今更ながら思う刹那であった。




「それで?」

「何がそれでなのよ」


手紙を夢中で読みふけっている権左をよそに会話を続ける二人。


「俺らに何も言わないんですか?

 賛成しろとか色々指示が出来るでしょうに」


大河は刹那が来た理由が票の獲得を含んでいると考えていた。

マサハルの性格上、根回しを突き詰める事が予想できたからである。

しかも自分達に寄越したのが自分達の盟主であり実姉である。

上下関係からも彼女の性格からもその類の要求がくる事を考えるのは容易だった。


しかし刹那はポカンとした表情で大河を見るだけであった。


「は?」

「え?」


その表情に大河も絶句する。

そんな事を微塵も考えていなかったのか。

大河は自分の姉の機転の悪さに頭を抱えたくなった。


「一体姉者がここに来た理由って何ですか?

 義兄者を王にするために画策してるんじゃないんですか?」

「あのね・・・」


何となく大河の考えてる事が分かった刹那。

呆れた目で大河に語る。


「良太が選んだ連中の全員を知ってる訳じゃないけどね。

 どいつもこいつも癖の強い面々なのよ。

 もしあたしが大久保家の影響を武器に要求してもきっぱり断られるのが関の山よ」

「逆に考えれば確固とした己の考えって奴を持ってる連中ばかりって事ですか。

 面倒な連中選んだもんですね」

「まったくよ」


額に手を当て溜息をつく刹那。

本当に頭が痛そうな表情をしている。


「じゃあ、どんな理由でここに来たんですか?」

「あたしが馬鹿な弟の仕事振りを見たかったってのが一つなのは確かね」

「うぐっ」


冗談のつもりなのであろう。

大河は刹那の言葉に胸を押さえる仕草をする。


「もう一つは権爺様に用があったのよ。

 これは大久保家の当主として、あたしにしか出来ない事。」


そう言ってまだ手紙を読んでいる権左を眺める。

内容について考えているのであろう。

権左の表情は厳しかった。




思考に没頭させてやりたいが、自分だって暇ではない。

申し訳なさそうにしながらも刹那は権左に声をかける。


「いかがでしょうか権爺様」

「いやはや若らしいですな。

 決意も覚悟も定められているくせに、命じる事もせず動くなら勝手にしろと言わんばかり。

 昔を思い出しますなぁ」


先ほどの厳しい表情から一変して過去を懐かしむ表情へと権左の顔は変わる。

ころころと表情を変える権左に構わず刹那はたたみ掛けるように告げる。


「今から大久保家当主として申し伝える事があります」


その言葉に大河は平伏し、権左は転がり込むようにして下座に移動しそれに倣う。

それだけ彼らにとっては大久保家の存在は大きかった。

刹那の表情もそれとなく厳かになり、凛々しさを醸し出している。


そして彼女の放った言葉は彼らに衝撃を与えた。


「大久保家が当代、刹那より柊権左衛門へ隠居を勧告する。

 特別に数ヶ月の猶予を与えるゆえに嗣子大河への引継ぎを済ませるように。

 その後、ヤマトに帰還していただきたい」

「おい、姉者!」

「大河控えぬかっ」


呆けたとはいえ、これまでの功臣に対してあまりな物の言い草に大河は詰め寄ろうとする。

しかし、厳しい表情で権左がそれを制止した。


「しかしな親父殿!」

「黙って続きを聞け。まだ奥方様の話は終わっておらん」


実姉とはいえ、大久保家と柊家との関係は明確な主従関係で成り立っていた。

その当主の言を遮る事は無礼に値するものであった。

大河に対して怒りにも似た感情を浮かべながらも、ぐっと堪えて刹那に謝罪する。


「奥方様。息子の無礼、平にご容赦のほどを・・・」

「構いませぬ。貴方の言う通り、まだ続きがあるのですから」


対して刹那の様子は痛痒を感じぬほどに揺らいでいなかった。

凛々しくも穏やかにしなやかに。

昔、己がお嬢様と呼び慕っていた刹那からは考えられない成長であった。


地位や立場が人を作る。

権左はその言葉を強く実感した。


「ここからは良太とその妻としてのお願いです。

 ヤマトに帰ってこられた後にまだ身体が動くようであれば

 我が娘アスカの傅役を務めてください」


誰もしゃべらない。

しばらくの静寂の後、権左は呟いた。


「酷いですな」


酷い。

若は酷い。

それを繰り返した後、権左は顔を上げて刹那を見る。

目から浮かんでいたのは滂沱の涙であった。


「大久保家にお仕えして数十年。若に命を救われて二十年近く。

 女房には先立たれ、この身も最早長くはないと思っておりました。

 されど、やはり若は酷い。そんな老いぼれにまだ仕事をしろと仰られるのですなぁ。

 孫のような若の傅を務めて、曾孫のような御令嬢様の傅も務めさせていただけるとは。

 某にとって、これほど幸せな事はございませぬ。

 我が生涯の誉れにございます」


武士にとって主君の子や孫の傅を務める事は名誉であり重大な仕事であった。

それは無限の信頼の証とも言えた。

権左にとっては幻斎からマサハルを託されたように、

そのマサハルから子を託される。

それは望外の名誉とも幸福ともいえる瞬間だった。




やる事が出来たと喜び勇んで権左が去った後、大河と刹那の二人が残る。


「すまねぇ」

「別に良いわよ」


先程の無礼があったせいか、大河の顔には気まずさが残っていた。

その様子に刹那は苦笑しながらも弟に発破をかける。


「あんたはこれから大変よ。

 今もそうだけど、いざとなった時に後始末をしてくれる人がいなくなるんだから」

「分かってますって。精々迷惑かけない程度にがんばりますよ」


笑いあう二人。

立場や状況が変わっても、その時だけは過去の仲良し姉弟に戻ったかのようであった。


その雰囲気をブォーッと城中に鳴り響いた音が台無しにする。 


「法螺貝?」

「この符丁は・・・城中内の全軍出撃じゃねえか!?」

「は?」

「あの馬鹿親父!また呆けたのかよ。

 軍勢引き連れてヤマトに乗り込もうとしてますよ」

「早く抑えなさい!!」


おそらく張り切りすぎたのであろう。

権左の暴走を止めるべく慌てて立ち上がり走る二人。

刹那はこのちょっとした騒動の影響で少々の逗留と視察をした後ヤマトへ帰還することになる。


一方でその頃、マサハルはとある投票資格者に呼び出されていた。

それはマサハルにとって一世一代になるであろう勝負の申し出であった。

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