表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/55

9話:闇に咲く華(余話そのころのミコト)

マサハルとアスカがギオンに赴いている頃、

休店日にもかかわらず椿が突然来て店で飲んだくれていた。

ガウは用事で外出していない。

店には椿とミコトの二人だけであった。


酒のつまみは簡単なものだ。

豆腐に茹でた豆にねぎ味噌。

酒に合う事は合う。むしろ非常に合って美味しい。

それに簡単で作る方も楽だ。


マサハルが仕上げをする事になるであろうミコトを考えての対処であった。

しかし椿には不満だった。

料理の内容に文句があろうはずはない。

味もさることながら愛娘のお手製だからである。


問題はマサハルがギオンで食べているであろう豪勢な食事に対して、

いささか貧相であるという事である。


さらに言うと椿もギオンに行きたかった。

料理もそうであるが、ギオンで一番といわれる胡蝶太夫に興味があったからである。

だがマサハルはその要求を却下した。

例の件もあるが、さすがに遊女の所に行くのに妻帯しては駄目だろうという体面の方が大きかった。




公人としては何かと行動に制約が生じる椿にとって私人としていられる時間は、

心の赴くままに行動できる機会なのである。


そこにケチがつく。

無意識にストレスが溜まる瞬間であった。


「ミコト。何かして遊ぼうか?」


そんな時には気分転換をするに限る。

ミコトも滅多にない機会に顔を輝かせる。


「ミコトね。碁が上手になったんだよ。父様にも褒められたの」


悪くない。幸いにして椿の腕も悪くなかった。

中々良い勝負が出来そうだ。


しかし、


(それでは少し芸がないな)


椿はもう少し変わった事をしてみたかった。

今は出来ないような、昔に幻斎がその度に胃を痛めた悪戯なような事を。


何かないかと考える椿。

ふと、格好の材料があったではないかと酒をみて思い出す。


「よし、良太が造ったとかいう氷室をみてみようではないか」


その言葉にミコトは素早く反応する。


「母様だめだよ!?父様にお願いしても入れてくれないんだから」

「ん?そうなのか?」

「そうなの!」


氷室は地下に建設されており、その構造も少し入り組んでいる。

危ないといってマサハルはミコトの立ち入りを禁止していた。 

ガウにも力加減を間違えて崩落させそうだという理由で禁じていた。


そして二人とも約束を遵守している。

その約束をきちんと守っているミコトは良い子である。


しかし、世の中には約束を守らない悪い人間も存在する。

ミコトの目の前にいる母親は酒を飲んでいる事で、一層たちの悪い、

ろくでもない大人だった。


「なあ、お前は中にどんな食べ物があるか気になった事はないか?」

「そ、それは」

「良太の事だ。きっと甘い菓子や果物を置いているに違いない」

「あ、あうぅ…」


堕ちた。

ミコトの苦悶する様子に椿は確信を得る。

外交に内政に話術をもって征してきた百戦錬磨の強者の彼女にとって、

子供を唆す事など造作もない事だった。

とはいえ、愛しい我が子である。

椿は葛藤する娘に免罪符を与えるべく、もう一押しの作業を行う。


「ミコトよ。母が現世の真理というものを教えて進ぜよう」

「この世の真理?」

「そうさ。それはな」


難しそうな言葉に小首を傾げるミコトの頭を撫でながら椿は微笑みながら言い放つ。

その言葉は王らしく傲慢で、


「良太は我の物。そして良太の物も我の物という事さ」


二人の間の絶対的な信頼関係を如実に表していた。




椿とミコトの探検は短時間ながら濃密な経験だった。


「涼しいね」

「長居して風邪を引かぬようにせんとな」


「おっきなお肉だね」

「牛か?丸ごと入れるにしても入り口に入らないだろう。

 この氷室にはまだ秘密があるとみえるな」


「あ、乾酪だよ母様。こっちには酪もある」

「なんと、こんな物まで隠しておったとはな」

「父様の酪って美味しいんだよ。蜜も混ぜるから甘いの」

「乾酪は良い酒のつまみになりそうじゃな」


「これは確か大陸の西紅柿であったか」

「食べないのに何でおいてるんだろうね」


「ふっ。ここにあったか」

「母様、あんまり飲みすぎちゃ駄目だよ?このお酒すっごく高いんだから」


氷室から出てきた二人は共に満足気な表情をしていた。

両手一杯に酒と食べ物を抱えている。

大収穫だった。


ミコトの手による創作料理が作られ、椿は舌鼓をうつ。

外れもあったが椿は気にせず食べていた。

なんだかんだで娘の作った料理が食べたかったからである。

普通ではおかしい関係も二人にとっては当たり前の事だった。

そこに互いを思いやる愛情があれば、何の問題もなかった。




この日の事で一番の損害を被ったのは間違いなくマサハルであろう。


帰宅してみると希少な酒と食材がかなり減っており、

相手と事情ゆえに乗り込みにも行けない。


「なんでこうなったんでしょう…」


マサハルは損害の補填に頭を悩ます事となるのであった。

予想より掛かってしまいました。

ともあれ今回でギオン編終了です。


次回からは再び東に場面を戻して刹那がメインの物語となります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ