4話:依頼(後編)
自分的には多くの方に立ち寄って頂いて、
感謝の言葉も出ません。
もっと多くの方に楽しんでいただけるように精進する次第です。
「あなたの仕事は確実に失敗しますよ。」
料理をつくる者としてヤンはマサハルの遥か先を歩んでいた。
マサハルの選択はそれゆえに心を鬼とする事だった。
「・・・理由を教えてほしいネ。」
自分にはどうしても分からなかった事が、たかが小さな飯屋の店主には分かるというのか?
しかも確実と言われた!?
ヤンの心の中に動揺が走る。
(*ここより「」内の台詞はヒノモト語、『』内の台詞は大陸語でお送りします)
『簡単な事。あなたに驕りが感じるからですよ』
「!?」
屈辱であった。
明らかに自分より格が下の料理人に、さも当然のような駄目だし。
しかも、自分の国の言葉で突きつけられたのでる。
ヨネに指摘された時よりもヤンのプライドは傷ついていた。
『あんた、大陸に来た事があるのか?』
『数年前にね。ガウともそこで出会いました。』
それは関係ないだろうという言葉が喉まで出かかるが、すんでの所で飲み込む。
食事中の会話でマサハルが誠意のある人間である事は理解できた。
その彼が悪意をもって自分を貶めるはずがない事は分かっていた。
しかし、人間は自分の都合の悪い事は聞きたくないものである。
自然にヤンの心もささくれ立ってしまう。
『勘違いしないでほしいんですが、料理の腕前は私が逆立ちしても届かないです。
そこは素晴らしいんです。』
『だったらどこが悪いのだ?』
そこからマサハルは自分の感じた事をあらん限りに並べ立てた。
その指摘がヤンの心中に容赦なく突き刺さった。
『あんな短い時間であれだけの料理が出来るなんて私には到底まねなんか出来ません。』
『ただ、そのせいで一つ一つの料理が僅かずつ粗かった。』
『火力が足らないのを補ったため炒飯は少し油が多く、蒸し物は蒸し過ぎと感じました。』
『ミコトを補助に付けてくれと言ったのに、簡単なことさえ全くさせなかったそうですね。』
『食材の仕入れもご自分で行ったとの事ですが、その間に汁物の出汁が強く出た。
味がクドくなったのではないですか?』
『今日食べてくれた人達は喜んでましたがね。分かる人には違和感が出るでしょうね。』
『初めて食べる異国の料理です。そういう味なのかと納得させることはできますよ?』
『けどね、私やガウ、ミコトならこう付けることも出来るんですよ。
”大陸で食べた時の方が美味しかった”と。』
まさに言いたい放題、「ずっと俺のターン」状態であった。
言葉は分かるが、それがどういう意味なのかが分からないガウがミコトに解説を求めると、
「父様がここまで言うのって初めてだよ~」
と、驚いた顔を浮かべる。
言われ放しのヤンも何とか返答をしようとするものの、それもマサハルの舌鋒の餌食となる。
まさに、1言えば10になって返ってくるという言葉がふさわしい状況であった。
『し、しかし、それは道具が・・・』
『小さな飯屋の調理場でするには環境が悪かったというのもあるでしょう。
そして、一人でそれを全部こなしてしまった。』
『それのどこがいけないというのだ!?』
『自分の限界以上の、そして最善を尽くしたと決していえない結果となった。
あなたが任されている仕事で出す料理を出して欲しいとお願いしたにもかかわらずです。』
『ぐっ・・・』
『あなたはこの調理場で出来る料理の中で最善を尽くすべきだった。』
マサハルも心苦しかった。尊敬すべき料理人にここまで言いたくなかった。
しかし、追求の手を緩める訳にはいかなかった。
今分かってもらえないと、ヨネの押した烙印をそのままにしておくと、
ヒノモトで料理を振舞う事に制限がつく。
そして、振舞う相手が大問題であった。
『あなた、それを面と向かって女王にいうつもりですか?
”道具のせいで不味い、不完全な料理もありますが食べろ”と。』
『ど、どうしてそれを!?』
『勘ですよ。けど、その顔をみると当たりのようですね。
ついでに言うと、女性に油を使った料理を多く出すのはお勧めしませんよ?』
かつて東西に分かれた勢力は長い間、膠着状態を保ちながら小競り合いを続けていた。
そして、4人の英雄を配下に収めた女王が争いに終止符を打ち、
ヒノモトと国家の名を変え統一されることとなった。
女王の名はツバキ、世界的には極東の小さな島国の統治者ながら
「大君」と呼ばれ注目される人物である。
統一後は周辺の列強国と対等の条件の通商・友好条約を結び、
盛んに交流を深めるなど傑出した政治能力を内外で発揮している。
勘といったもののマサハルの指摘は決して根拠が無いわけではなかった。
・ヤンは祖国の王にも料理を振舞った事がある。
・異国の料理人が結果はどうであれ、国内の実力者かつヒノモトで1番の料理人に会って
腕前を見せた。
・ヤン自身の料理の腕が素晴らしい事。
そして・・・最大の理由があるにはあった。
その理由にマサハルは非常に面倒だと感じ、心で涙を流す。
(師匠、一介の料理人を外交事に巻き込まないでください・・・)
その理由ゆえにヤンが公式の使節団の人間だと分かってしまったのである。
それに加えて、今まで使節団が料理を振舞ったという話は噂に上ったことがない。
今回が初めてなのだろう。
初めて振舞う相手に女王の名があっても不思議ではないのである。
ふと、ヤンを見る。
マサハルの指摘を受けて、膝から崩れ落ち自分が取り返しの付かない事を
起こしかけたと気づいたのであろう。
この世の終わりを迎えたかのように絶望の表情を浮かべている。
『わ、私はどうしたら良いのだ・・・』
『一度自分の腕と周囲の環境を考えて、何が出来て何が出来ないのかを
洗い出してはどうでしょう?』
『そ、それから!?』
『違う料理の作り手とはいえ、基本はほとんど変わらないでしょう。
周りの人に協力を求めてはどうです?
異国の料理に興味がある者もいるでしょうし、きっと手伝ってくれますよ。』
その後も次々と対応策を挙げられ、ヤンの表情に血色が戻っていく。
安堵したのか目尻には涙が浮かび上がっている。
『助かった。今回の事で、私も初心を取り戻す事が出来たようだ。』
『負うた子に教えられて浅瀬を渡ると言います。今回は私が指摘できたまでの事ですよ。』
ヤンが心底理解できた事を感じたのか、我が事のように喜ぶマサハル。
安堵の表情とともに笑顔が浮かぶ。
そして、ヤンの心残りも氷解しようとしていた。
『しかし・・・ヨネさんにはどう謝れば良いだろう。』
『別に師匠も貴方の事に失望したわけではありません。
食べずに拒絶したのは、嫌いになって言いたくなかったからではありません。
細かい解釈をヒノモトの言葉で語っても貴方が理解できないだろうと感じた、
しかし自分は大陸の言葉があまり話せない。
だから何も言わずに、両方分かる私の元へ行けと言ったのでしょう。』
『そ、そうだったのか。』
『誠意あるのみですよ。師匠はそれが分からない人ではありません。』
この日、マサハルとヤンはお互いの作った料理を肴に夜遅くまで語り合った。
翌日のヤンの表情は憑き物が落ちたようにすっきりしたものだったという。
後日、ヤンの謝罪を受けたヨネの助力を得て、
大陸料理が城にて女王ツバキを含むヒノモト首脳陣に振舞われた。
前日までの食事の内容を精査し、可能な限り自分の能力を発揮しやすい調理の環境を整え
当日のツバキの体調に合った料理を城内の料理人とともに作り上げたヤンの姿勢に、
ツバキは感銘を受け、
「汝にヒノモトの人間が学ぶべき事が料理以外にも非常に多い。」
と、お褒めの言葉を賜る事となった。
当初予定としていた展開と違った方向に・・・。
マサハルに理屈っぽいウザさを感じる・・・
理性的な青年をイメージしているのですが。
キャラを設定するのって難しいですね