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4話:闇に咲く華(中編)

「あら、まぁ様ではおまへんか」


夜の世界に燦然と輝き続ける人物と夜の世界に足を踏み入れる男達の怨嗟の視線を

その身に集める人物。

その突然の対面に周囲は騒然となる。

しかも花魁道中の途中である。

男の下へ向かおうとする遊女が別の男に声をかける。

普通に考えればありえない出来事であった。

囃子が鳴り止み、周囲のざわめきだけが響き渡る。

何を考えているのかとマサハルは頭を抱えたい気持ちになった。


「いい夜ですね。こんな日は月を見ながら一献といきたい気分ですが、

 そういう訳にもいかないようで」


マサハルとしては周囲の視線が自分にとってはともかく、娘にとって毒にしかならないと考え、

速やかにその場を立ち去ろうと簡単な挨拶と世間話程度に止めようとする。

しかし、相手はさる者。

男女の会話については百戦錬磨の遊女の中でも、

芸事と手練手管を使わせれば右に出る者がいないとまで言われる人物である。

そう簡単に目論見通りに行く筈もなかった。


「そらええお考えでございますなぁ。

 うちも呼ばれてかましまへんやろか?」

「ねえさん!?」


いきなりの胡蝶の言葉に後に控えていた女性達は慌てる。

いくら胡蝶が客を断れる太夫とはいえ、行き過ぎた行為であったからだ。


「あかんどすか?」


目を潤わせて小首を傾げる胡蝶。

その様は幼さをも感じさせ、男達のみならず女達の胸を高ぶらせる。


「駄目に決まってるでしょう。他の方に示しが付きませんよ

 というか、だったら客を取らなければいいじゃないですか」

「手厳しいどすなぁ・・・」


胡蝶の我侭を切って捨てるマサハル。

視線もどことなく冷淡で容赦の欠片も存在していなかった。


そんな視線もどこ吹く風と胡蝶はマサハルへと近づく。

近付いてくる胡蝶を見てアスカはビクッと肩を震わせマサハルの後ろへ隠れる。

その様子にクスッと微笑む胡蝶。


「娘はんどすか?」

「えぇ。ほら、アスカ。こちらは父様のお友達です。

 ごあいさつなさい」

「つれへん人どすね。奥はんでもかましまへんのに」

「馬鹿な事を言わないでください」


その会話に周囲もざわめく。

これでは胡蝶がマサハルに入れ込んでいるようにしか見受けられないからだ。

娘を連れているマサハルの方は取り合う様子を見せない。

馴染みなのに様子が変だと、周囲の人間は思い始めた。


「ねえさん。はよう」


異変を察知したのか後ろの女性が胡蝶へ声を掛ける。

胡蝶も言いたい事を理解したのか名残惜しそうにマサハルを見詰める。


「それではこれにて」

「ほな、後で」


去ろうとするマサハルに未練がましく呟く胡蝶。

一瞬だけマサハルの動きが止まる。

額には汗が滲み出る。


「ああもうっ!分かりましたよ」


マサハルも観念したのか早く去って欲しいのかおざなりな返事を出す。

それに満足したのか胡蝶は行列のもとに静々と戻っていく。

行列の人達もほっと息を付くと、何事もなかったかのように囃子を鳴らしその場を離れていく。

残ったのは未だざわめきが収まらない野次馬達と、彼らから異様な目で見られるマサハル達であった。




「やれやれ・・・いつもこうだ」

「父しゃまおともだちいっちゃったよ?」

「いいんですよ。あの人はこれからお仕事に行くんですから」


流れに取り残されたかのように、いや、この場合は何もなかったかのように会話を続ける二人。

行列を見送った後にマサハルの目的地へと足を向ける。


マサハル達が去ると、先程までの異様な雰囲気も霧散し従来の賑やかさを取り戻す。

ほんの些細なトラブルはあったものの、それもギオンの日常風景の一部である。

何時までも引き摺るような事ではなかった。


「手前ぇ、ここで調子乗ってんじゃねえぞ!」

「胡蝶の間夫だからって大きな面しやがって」


それに納得いかない者も少数ながら存在した事も確かではあるが。


「今日は太夫に会いに来たんじゃないんですけどね・・・」


マサハルは頭をかきつつアスカを自分の後ろに隠す。

男達の数は五人。

マサハルのギオン訪問にはこの類のトラブルが付きものであった。

いつもならマサハルも口八丁でギオンの若い衆が駆け付けるのを待つ。

しかし、今回に限ってはアスカを伴っている。

万が一ではあるが、あまり時間を掛けすぎてアスカに危険が及ぶような事は避けたかった。


「仕方ない」


マサハルは腰に差していた物を抜き放った。

それを見て、男達や様子を伺っていた野次馬達の目が点になる。

その身は白く、長く反り返っていた。


「お前・・・そんなもんで俺達の相手しようってのか?」

「おかしいですか?良い代物だと思うんですけどね」


マサハルはおざなりに答えながらも自らが抜いた物を確認する。


クルクルと回して全体を観察する。独特の光沢を帯びて良い代物である。

ポンポンと軽く左手を叩いて感触を確かめる。高い密度を持っていて良い代物である。

先端を左手でギュッと握ってみる。同時にドロリと液体が滲み出る。


「良い代物だと思うんですけどね・・・」

「手前ぇ・・・正気かよ」


男達は呆れと蔑みを込めた視線をマサハルに向ける。

それと同時にどこに隠し持っていたのかドスを抜き放ち、ジリジリとマサハルへと近づいていく。

これから起るであろう惨劇に野次馬達の緊張感も高まり、それゆえに誰も近付けなかった。


大きく動いたのはマサハルであった。

手に付いた液体を無造作に振るう。

飛び散った滴は狙い違わず右の二人の目に命中した。


「ぎゃあああぁっ!!」

「しみるぅっ!?」


間髪いれずマサハルはそれを左手に持ち替え、開いた右手でアスカの腰の帯を掴む。


「父しゃま?」

「少しだけ怖いのを我慢してくださいね」


カクンと小首を傾げるアスカにマサハルは微笑む。

そして、そのまま・・・


「ほ~ら、たかいたか~い」


上空に放り投げた。

そう、鞠のように放り投げた。

その高さは二丈(約6m)を優に超えていた。


「は?」


再び男達の目が点になる。

彼らの常識では幼女とはいえ、およそ六貫(約22kg)の物をあんな高さまで持ち上げる光景は

滅多にお目に掛かれない。

力自慢の大の男が全力を込めてようやくそれに匹敵する位であろうか。それも両手でだ。


にもかかわらず、目の前の男は片手で軽々とやってのけた。

それだけで自分達はとんでもない人物を相手にしようとしているのではないかと直感する。

そして、それが正しいと実感したのは気を失って意識を取り戻した後の事であった。


アスカを放り投げたマサハルはそのまま男達に接近する。

そのままの勢いで中央の男を下から上へと逆風に切り上げ、すぐさま左の男達に相対する。

男達に構え直す時間すら与えず一振りで薙ぎ払い、そのまま駆け抜けた。


まさに一瞬の出来事であった。

野次馬達も何が起こったのか分からずにいた。

一瞬でマサハルが男達の壁を突破したとしか見て取れなかった。


マサハルは男達のいる方向へ向き直すと右腕を突き出す。

物は上から下へ落ちる。それは森羅万象の理である。

落下してくるアスカを片手ながらもマサハルは優しく受け止める。

何が起こったのか訳が分からず、アスカはポカンとした表情を浮かべる。

そんなアスカをゆっくりと下に降ろし、髪を優しく撫で上げる。


「残ったお二方はまだやりますか?」


マサハルはまだ目が正常に戻りきっていない男達に問いかける。


「な、何を言ってやがる」

「三人は気を失っているだけです。ここに捨て置くのも迷惑。

 引き取って早々に立ち去るがよろしいでしょう」


男達は痛む目を気にしながらも仲間の様子を確認する。

マサハルの言葉通りに立ったまま気絶していた。

 

「そんな馬鹿な・・・」

「分かって貰えれば結構。ではこれにて」


マサハルは軽く頭を下げるとアスカの手を取り男達に背を向け歩き出した。


残ったのは未だに何が起こったのか理解できない人々のみであった。




歩きざまマサハルは先程の行動を思い返した。

先手を取り気を逸らして無力化する。

全てがマサハルの計算通りに事が進んだ。


それを可能にしたのが再び腰に戻した代物であった。


(堅さといい反りといい大河も良い物を届けてくれました)


それはマサハルが東に赴いて初めて知ったものであった。

西で自分達が認識していた物と違い、当時は住民達との間で論争を繰り広げたものである。


マサハルが男達を無力化するのに使った物。

それはネギもしくはネブカと呼ばれる野菜であった。




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