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2話:夜叉来襲(後編)

エド城の大広間。

月明かりが窓の隙間から仄かに差す闇夜に剣戟の音が響き渡る。

かたや大振りの木刀を持って悠然と正眼に構える細目の青年。

かたや月光できらめく刃を手に軽やかに駆け回る縮れ毛が特徴の少年。



「これ以上やっても無駄です。もう諦めなさい」


戦いは切り掛かる少年と受け止め弾き飛ばす青年の構図を繰り返すばかりであった。

青年が傷だらけとなり膝をつく少年をみて呟く。

それだけ力量の差は明らかだった。

しかし、少年は不敵に笑みを浮かべ吼える。


「あんただって知ってる筈だ。俺には折れず曲がらず砕けずに何事も貫き通す刃が宿っている」


握った拳に親指だけ立てて左胸を指し示す。

 

「ここにな。ここに宿ってんだ。

 武神だろうが四刃だろうが、あんただろうが誰にも俺の刃は壊せない」


そして再び立ち上がり刀を青年に突き付ける。


「俺の刃が壊れない限り、俺は諦めない。

 そして、必ずあんたをこえてみせる」


これは後にヒノモトという島国で伝説を残す少年剣士の英雄譚「与太話を聞くためにここまで来たんじゃないのよ」




「なんだよ。こっからが良い所なのに」

「あんたね・・・その後良太に一方的にやられたって聞いてるわよ」

「いや、まあ、そうなんですけどね。

 ってか、ぶっ倒れた後の方が強いってどういう事なんすかね。

 鉄芯入りの木刀振り回して丁度良い重さとかぬかしやがって・・・。

 ともかく!ここから語らないと姉者の疑問に答えられないというか、

 そんだけ重要な事を義兄者が教えてくれたんですよ」


刹那は講談師の如く過去を熱く語る大河に呆れ果てたような視線を向け話を断ち切る。


「確かあんたが柊の家に養子入りを決めたのも、その時のはずよね」


刹那と大河は元々神楽家の子供であった。

しかし刹那はマサハルの大久保家に嫁ぎ、

両親の死後に大河は跡を継がずに柊家に養子入りをしていた。


「父上との約束でしたからね。

 戦に俺が関わる事はないけど、平和になったら精一杯頑張れって」


事実、大河が元服を迎える前にヒノモトの乱世は終結した。

そして二人の父親も終結を見届けてから病没している。


「アスカの顔を一目見せたかったんだけどね」

「仕方ないでしょ?こればっかりは天からの授かり物なんすから。

 それに姉者の白無垢姿を見れたんだから父上も悔いなく逝けたんだと思いますよ」

「そうね・・・」


今は亡き者を思い出ししんみりとする二人。

脳裏には優しかった父親の姿が浮かび上がる。

温厚な性格で父親のいなかったマサハルとも馬が合った。


「あ、そう言えばアスカが人参を食べれるようになったようで」

「え?ああ、良太の料理のおかげでね」

「まだ顔を見た事ありませんが、二人の子だ。可愛いんでしょうね」

「それはもちろんそうだけど・・・あんたよく知ってるわね」

「義兄者とは連絡取り合ってるし会ってますからね。

 仕入れでこっちに来るし、こちらからも相談の手紙を駒鳥屋経由で送ってますから」

「そ、そうだったの」


夫と弟。

自分にとって深い関係の筈の二人なのに、どこか除け者にされた気分になる刹那。

表向きは同じ任地にいるのだ。仕方ないとはいえ心境は複雑であった。

椿や琴音、大河など彼女をよく知る人物はそこを「子供っぽい」と評し、

マサハルは「可愛い」と感じているのだが本人には内緒である。


そんな姉の心境をよそに大河はとんでもない事を言い出す。


「姉者ってうなじ吸われるのが弱いんでしょ?」

「え?」

「知りたくなかった!実の姉のツボなんて!」

「あ、あの馬鹿は・・・」

「そこが可愛いなんて弟の俺からすれば天地が裂けても有り得ないと思うんですけど!!」

「あんたとあいつの口を封じるのが、あたしの為この国の為になると考えるのは間違ってるかしら?」


二人の仲が良いのは結構だが良すぎるのは問題のようだ。

刹那は指をバキボキ鳴らしながら大河へと近づく。

自分のみに降りかかる恐怖を察知したのか、慌てて大河は懐から小さな竹の箱を取り出す。

それは弁当箱だった。

蓋を開けると紫色をした物体が顔を出す。


「まあ、これでも食べて落ち着いてくださいよ」

「あんた、最近良太に似てきたわね・・・」

「そりゃあ義弟ですから」


差し出された物体を奪う勢いで受け取る刹那。

一口食べる。ともすると下品な色合いの外に比べ、中は黄金色になっている。

朝調理したのであろう。冷めてるが、しっとりとした舌触りで強い甘みを感じる。


「これは?」

「義兄者の大陸土産で甘藷って奴ですよ。最近ようやく栽培が軌道に乗りましてね。

 不毛な土地でも育つから今後重宝するでしょうね」


お気に召しましたかと尋ねようとして口を閉じる大河。

一心不乱に食べる刹那の姿を見て無用とした。


このマサハルの大陸土産は食料の自給という点で大きな役割を担っていた。

焼く蒸すだけではない、天ぷらやお焼きにするなど様々な料理を生み出す事を可能にした。

それを果たしたのはマサハルであったが。


(ちょろいっすね姉者)


そう考えながら大河も甘藷を一口食べる。


「で?ギオンには誰がいるの?」

「ごぼぁっ!?」


が、刹那の一言により咽てしまう。

慌てて竹筒を取り出し水を飲み込む大河。


「女ね」

「何も言ってないっすよ!?」


下に恐ろしきは女の勘。

慌てて誤魔化すものの、態度で丸分かりである。

大河は観念して自分の知りうる限りを話し始めた。




「義兄者が大陸に行って、俺が柊に養子入りした後なんですがね?

 幻斎の爺さんにギオンの不知火屋って遊郭に呼び出されたんすよ」


そこで大河はギオンの元締めである老人を紹介される。

その正体は戦乱中に大久保幻斎・良太の二代に渡って支援した忍びの頭であった。


「あたしはそんな話聞いてないわよ?」


過去はともかく現在の大久保家の頭領は刹那である。

その彼女に知らされていない機密がある。

明らかな問題である。

しかし、大河はそれをやんわりと否定する。


「人には向き不向きがある。それは姉者もよく知ってる事じゃないですか。

 姉者に隠し事や影働きなんて無理だし、正道を歩めば良いという義兄者の判断っすよ」


それに、と大河は付け加える。


「姉者を助けてやれって爺さんにも言われましてね。

 まだ時じゃないらしいんですが、俺が忍びを使った裏方の役目を仰せつかる予定らしいですよ」

「そうなの」

「恐らく義兄者の目当ての人物もその元締めなんでしょうね」

「じゃあ、なんであんたは慌ててたのかしら?」


刹那の追求に大河は苦虫を噛んだような表情になる。

分かってはいる。自分の義兄が他の女にうつつを抜かすような男ではない事は。

しかし、最初に彼の脳裏に浮かんだ心当たりの人物は刹那の嫉妬心をかき立てるのに

十分な存在だった。


「不知火屋にはね。

 ヒノモトの女として椿様や姉者と同じくらい評判の高い遊女がいるんですよ。

 俺は袖にされ続けてるんですけどね」


当たり前の話ではあるが、遊郭には遊女がいる。

遊女とはその格式により、様々な名称が存在する。

太夫。

それは美貌と教養を兼ね備えた遊女の最高位を表す言葉である。


後に二人は驚く事となる。

マサハルの目当ての人物とはまさに不知火屋の太夫だった。

次はマサハル視点のお話を間に挿入します。

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