1話:夜叉来襲(前編)
エド。
そこはかつての東の勢力の首都でありヒノモト第二の大都市にして、
マサハルが王配セイヨウとして居なければならない本来の任地である。
しかし、マサハルがいようがいなかろうが情勢時勢は常に動き続けている。
残された家臣達は東国の統治の為に日夜奔走していた。
統治における多岐にわたる事業はエドでの評定で決定・運営されている。
マサハル不在の現在では担当者が城代に進捗状況を報告、
行き詰まった場合は他の担当者とアイデアを出し合いながら事態の打破に臨んでいた。
その日も各事業の代表者が城代への報告を行うべくエドに集結していた。
大広間。
古くは上座から覇王ムネシゲが居並び平伏する家臣を出陣へと誘うために叱咤激励を行い、
最近では大久保良太が笑顔で東国の平定を宣言した場所でもある。
その下座にて男達が輪状に座り込み評定を執り行っていた。
「え~・・・今日はお日柄もよく絶好の昼寝日和なので、とっとと本日の評定を始めま~す」
黒髪で縮れ毛の男が気だるげな声で取り仕切る。
端正な顔立ちながらも眼がどこか眠そうで明らかにやる気がなさげである。
そんな彼に他の面々は慣れているのか淡々と報告を行っていく。
彼の名は柊大河といい、次席家老の地位に就いていた。
「米の収穫は今年は豊作と言えるでしょう。蔵への貯蔵を拡充したいのですが」
「それでいいんじゃないの~」
「それに伴い今年は税を五分下げても問題ありません」
「おいおい五分なんてせけぇ事ぁ言わずに一割下げちまいなよ。
うちと殿の俸給差っ引いてもいいからさぁ」
「それでも不足分には足りません!」
「そうかい?じゃあ・・・差っ引いても良いから豊作の祭とかの費用の足しにしてよ」
「来期の新田開発の計画ですが、若干人手が足りません。融通していただきたいのですが」
「軍から回しゃあいいでしょうが。なんなら俺の名前出して構わんです」
「山中の天狗一族が一帯の森林伐採を取り止めて欲しいと訴えてきてますが」
「家なくなるのは悲しいよね~。木を植えるのに協力してもらって、そこから落し所見つけてちょ」
気だるい声にもかかわらず打てば響くの対応で縮れ毛の男は担当者達からの報告をテキパキと裁いていく。
その様は息を吸うのと同じ様に案件を裁くのが当たり前という自信にもとれた。
マサハル不在の間、失敗と成功の経験を積み重ねてきた大河にとって、
ここまでやって来れたという自負に満ち溢れていた。
「で?次は?」
「最近、遊郭での奮闘振りが噂になってるらしいけど?」
「へ?」
「ヤマトからの、特に琴音の配下からの連絡を鼻紙代わりにして捨ててるって聞いたけど?」
「は?あの?ええっ!?」
そんな彼の自信を打ち砕くかのような猫撫で声が大広間に響き渡る。
声色はどんな男も蕩かすような甘さに満ち満ちていた。
大河はその声に日々蕩かされている男を知っている。
そして自分もよく知っている声だ。
彼にとってそれは絶望を知らせる鈴の音とも言えた。
大河は周囲の面々に小声で問いかける。
「なんであの人来てるの!?」
「「「いや、あんたの仕事振り見たいから黙ってろといわれて・・・」」」
「・・・我らここまで共にやってきた同志ですよね?ま、まさか見捨てるなんて事は」
「「「・・・逝ってこい」」」
「字がちがってないか!?」
「もう話は済んだかしら?」
ギギギと錆付いた歯車の様な擬音が相応しい素振りで後ろを振り向く大河。
振り向くのを必死で止めようとするが声には逆らえなかった。
顔から先程までの余裕が削げ落ち真っ青になる。
「お、お久し振りです。奥方様」
「久し振りねぇ、大河?」
柊大河。
彼はマサハル、つまり大久保良太の義兄弟であった。
声の持ち主、大久保刹那の恐怖をよく知る者として。
ずかずかと下段の間を横切り中段の間へ足を踏み入れる刹那。
振り返り膝を落すと正座になり下段の間にいる面々を見渡す。
その姿は凛として威に溢れ、小さくなったとはいえ大久保家を率いる頭領に相応しいものであった。
彼らも姿勢を正し大河を筆頭に両手を地に付け頭を下げる。
「ご無沙汰しております奥方様。ご健勝でなによりでございます」
「ありがとう大河。他の皆もこれまで馬鹿亭主の尻拭いをさせて申し訳なかったわ」
「何を仰います。殿がいない分、我らは存分に腕を振るう事が出来るというもの」
「そうですとも。他の者は都落ちや何やと囃し立てているようですが、
新天地で一から築き上げる、これに燃えずしてヒノモト男児といえましょうか」
「然様然様」
遠く東の地に根を下ろして数年。
苦闘もあったろう。
しかし、彼らの表情は芯から明るかった。
それは彼らが生き甲斐を持って仕事に取り組んでいるという何よりの証であった。
(強いわね)
刹那はマサハルが見出した面々を見て心からそう思う。
主不在を物ともせず彼らは自身の能力と周囲との連携で乗り越えてきたのだ。
まさに忠臣といって良いほどであった。
(変わった人もいるけど・・・)
刹那はちらりと横に視線を流す。
中座には刹那の他にもう一人、老人の存在があった。
その人物は端でポツンと正座をしている。
刹那の来訪にも気付かずコクリコクリと舟を漕いでいた。
それに気付いた大河が慌てて立ち上がろうするが刹那が手で制する。
「構わないわ。後でこの人にも話があるから、それまで寝かせてあげましょう。
先に大河に話があるの。申し訳ないけど評定が終わったなら他の皆は退出してもらえるかしら?」
「「「ははっ」」」
再び一礼をし立ち上がると大河を残して皆大広間をゾロゾロと出て行く。
後には顔を真っ青にし引き攣った表情の大河と舟を漕いで居眠りをしている老人。
そしてどこか満足げな表情の刹那の三人が残った。
刹那は再び立ち上がると大河の前に立ち止まり手紙を差し出す。
大河は押し頂くように手紙を受け取り中の文を見る。
「これはっ!?」
マサハルからの手紙に大河は驚愕の表情を浮かべる。
マサハルが入れ札の投票人として自分を指名するという召集令状であったからである。
(やっべぇ~。俺また義兄者の騒動に巻き込まれるの?面倒だわぁ・・・)
それこそ謹んで辞退をしたいと内心で思う大河だが、目の前の人物が許さないだろう。
刹那と大河にはマサハルとは別の覆しようのない上下関係が成り立っていた。
「そ、それで義兄者は今何処に?」
話を逸らそうと刹那に話しかける大河。
すると刹那の肩がプルプルと震え、こめかみに血管が浮き出る。
拳も血が止まるのではないかと思うくらい握り締められている。
「そう。あんたに聞きたいのはそこなのよ」
(踏んだぁ!?俺今確実に急所踏んじまったよ!?)
寒気すらする刹那の声に大河は恐怖の色を隠せない。
底から響き渡るような声で刹那は話を続ける。
「あいつね?自分にしか動かせない人物がいるって言ってたのよ。
あんたも会った事がある人って言ってたんだけどね・・・ねぇ?」
「な、なんでしょう」
今から自分は死ぬんだ・・・。
そう錯覚する程に大河は刹那に恐怖していた。
「ヤマトに戦後出来たギオンの遊郭に誰がいるのかしらぁ?」
止めと言わんばかりに頬が触れるくらい接近してくる刹那。
大河の魂が身体から抜け落ちんとばかりに力が抜けていた。
(そこで俺に振るのかよ!?自分で説明しとけよ義兄者!)
大河は今この場で失神して逃げたかった。
しかし現実は残酷であり、目の前にいる人物は自分にとってもっと残酷であった。
「お、お話しますから落ち着いてください」
マサハルと柊大河は義兄弟である。
刹那の恐怖を知る心からの同志。
そして、
「姉者」
柊大河が刹那の実弟であるという血縁上の繋がりからも彼らは義兄弟であった。
一人目はギャグキャラが確定している人物です。
イメージは銀魂の銀さんですが、表現しきれるかちょっと不安です。
マサハルはギオン。つまり色街にいっちゃいました。
地理上すでにマサハルの訪問は済んでますが、刹那さん怒ってますw