11話:話し合い(?)
翻って斎藤家と同時刻、”良庵”にはマサハルと刹那の二人だけが残っていた。
二人ともハァハァと息を荒げている。
マサハルの着衣は乱れ、髪もボサボサに乱れていた。
「ま、まあ、そんな訳で私の身の処遇って椿にしか出来ないんですよね」
「あ、あたしのやってた事って一体・・・」
刹那はマサハルの背に馬乗りになりながら、拳を握り締める。
多くの者をも巻き込んだ自分と琴音の確執が全くの無駄な行為と指摘されたからである。
憤りの無い感情を、捌け口のない感情をマサハルにぶつける刹那。
マサハルの頭に数回拳骨を落とした後も、その拳は怒りにより震えていた。
「琴音殿は分って受けた節もあるようです、痛っ!?」
「余計な事は言わなくていいの」
「え?あ、あの刹那。その体勢から何をしようとしてます?」
刹那はクルッと身体を回転させるとマサハルの両足を脇に抱えた。
後は後ろに体重を掛け、マサハルの背中を反らせるように極めると逆海老固めの完成である。
そして刹那はギリギリと体重を掛けていく。
「ぐええっ!?痛いですって!」
思わずマサハルも悲鳴をあげる。
その情けなさはとても娘達には見せられないものだった。
しかし、そんな情けなさなど娘達にとうに知られている事をマサハルは知らない。
むしろ刹那の強さにはしゃいでいるくらいだ。
「まだ隠してる事あるでしょ?さっさと話した方が身の為よ?」
「せせせ、刹那に、か、隠し事なんてしてる訳ないじゃないです、かっ!?」
「ん?やっぱり隠し事してるんじゃないの!」
「な。なんでdsk・・・」
夫婦の、特に夫の隠し事はすぐばれるという。
そして、女には男にいえない秘密があるという。
それを男はこう言うだろう。
”不条理”と。
そんな不条理に光明の一筋が照らされたとしたら?
地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸が目の前にあれば?
遮二無二掴むであろう。
実際にマサハルもそうしたのであった。
「せ、刹那!?椿が見てます!」
「そうやって話を誤魔化そうとしても無駄よぉ?」
「ほ、本当ですって」
マサハルは蜘蛛の糸を離すまいと必死に掴む。
そして光明の一筋は照らされた。
そこにはどこか呆れたような眼差しの椿が立っていた。
「仲が良いのは結構だが、閨の作法としては些か雅に欠けると我は思うぞ?」
「雅に欠ける所じゃないと思うんですが・・・」
「どこをどう見たら!これが閨の睦み合いに見えるのよ!!」
「ぎゃああああああっ!!」
(ふっ、我に新しき料理を出さなんだ罰だ。しかもミコトとアスカがふーふー言いながら、
チュルチュルと、だと。そんな可愛らしい光景を見逃すとは我一生の不覚ではないか。
刹那よ。我が許す、もっとやれ)
その光明は儚くありながら妖しく、脆き蜘蛛の糸だった。
それでいて邪でとんでもなく悪意に満ちていた。
暫し時が経ち、マサハルは傷めた腰を気にしながら椿の為に料理を作っていた。
昼間に出した汁を温め、別の鍋で麺を茹でる。
その間に葱を刻み、丼にも湯を張る。
ついでと言わんばかりに、小振りの鍋にも汁を入れ温め、
そちらには冷や飯を入れる。
一方で刹那は椿から説明を受けていた。
マサハルが刹那に語ってないであろう事をだ。
机の上には大きな徳利。両者の手にはぐい呑みがあった
「琴音の部下達の中でも騒ぐ者は出てくるであろうが気付くだろうよ。
良太を咎めれば、それと同時に主不在の東方を治め富ました連中の功績を認めざるを得ないとな。
一方で東方の連中は今回の事では動かぬ。精々、我に貸しを作ったと思うくらいさ」
「じゃあ私とのいがみ合いを琴音が分って受けてたってのは何よ?」
「ん?それはあれだ。お前も琴音も正々堂々が常であろう?
そんな二人の睨み合いの最中に下手な茶々を入れると自分達にもとばっちりがいくからな。
周囲を大人しくさせるには、そう思わせるのが良いと琴音は思ったのだろうさ」
「あ、あたしって一体・・・」
椿の説明に完全に脱力し肩を落とす刹那。
要は自分の未熟さで周囲に騒ぎを振りまいていたと言われているのと同じようなものであったからだ。
そんな刹那の様子に椿は苦笑しながらも励ましの言葉を入れる。
「まあ、そんなにがっかりする必要はないぞ。お前はあれで良かったのかも知れぬ」
「なんでよぅ・・・」
「お前が騒いでいたのは純粋に良太の為であり、欲ではなかったからな。
東方の連中はそんなお前に感動し、評価しただろうな。
こちらの連中も元大久保の者達は真にお前を大久保の頭領と認めただろうな」
褒め言葉に照れているのか酔いからか。
刹那の首筋がみるみるうちに紅潮する。
外部から来た嫁。しかも夫はあまりよく見られなかった良太。
そんな理由で大久保家の中での刹那の立場は決して良いものではなかった。
幻斎という絶対者に気に入られていたからこそ何とかやってこれたが、
そうでなかったら刹那が家を出るか、良太が暴走していたかどちらかであった。
それが椿の見解だった。
「刹那よ。顔をあげろ」
椿の呼びかけに顔を上げる刹那。
やはり照れているのか顔が赤い。
その様子に椿はクスッと笑いながら刹那の目を観ながら話しかける。
「もう一度はっきり言ってやる。
孤独な戦いではあったろう。我は立場故に肩入れも出来なかった。
常に良太のいる訳ではない寂しさがあっただろう。
良太の危うい状況にさぞかし気を揉んだであろう。
アスカにも寂しい思いをさせているという悲しさもあっただろう。
お前のしてきた事は騒ぎにはなったが、無駄ではなかった」
「・・・」
「無駄ではなかったのだよ」
「うぅっ」
椿の賞賛に刹那の目が潤む。
椿の指摘は刹那の心中の殆どを見透かしていた。
「もっとも、『良太を巡っての女房と姉の喧嘩』という事で民の間では演劇の題目の元にも
なっているらしいがな」
固まる刹那。
構わず話を続ける椿。
「前に良太が事態を面白おかしく脚色して噂話としてばらまくと言っていた。
そうでもしないと対外的な情勢や国内の治安に不安が渦巻くと、な」
「こ、こ、こ、こ、こ」
「ま、喧嘩するにはお前達の立場というものが大きすぎたという事だな。
ん?どうした?空の徳利なぞ掴んで」
「この馬鹿亭主ぅっ!!!」
刹那の手を離れた徳利は厨房の入り口に吸い込まれ、
狙い違わずマサハルの頭を直撃した。
出来た瘤をそのままに、マサハルはオドオドとしながらも小鍋の物を椀に入れる。
中身は雑炊である。冷えた飯が程よく煮えることで砕かれ、軽く固まった卵の黄色で彩る。
先程の件で機嫌を直していないのか、それを刹那は無愛想に受け取る。
その様子をニヤニヤと笑いながら椿は麺をすする。
「まったく刹那は酷い奴だな。良太よ、そう思わぬか?」
「あんたのせいでしょうが!」
茶化す椿に噛み付く刹那。
三人でいると大抵巻き起こる光景だ。
「そう苛つくな。お前は本当に良太が好きなのだな」
「ああああああ、あんた何言ってるのよ」
「本当の事であろう?
夫婦になって子供まで作って今さら何を照れる」
先程の紅潮とは違い、今度は羞恥で顔が赤く染まる。
好機とばかりにマサハルも話に入る。
「私も愛してますよ、刹那」
「ぬぬぬ・・・」
耳元で囁きながら後ろから刹那を抱きしめるマサハル。
刹那も照れてるくせに全く抵抗しない。
そんな光景も椿にとっては酒の良いつまみとなっていた。
「くくく、幾つになっても愛い奴よの」
常日頃は夫に対して過ぎるほど強く出るというのに肝心な所で攻守が逆転する。
それは夫婦になる前からそうであった。
刹那のそのような所が椿にとってはツボだった。
「刹那、良太、いつまでも乳繰り合ってないで本題に入ろうか。
先程見せてもらったが、中々に愉快な面子を集める気だな」
「誰が乳繰り合ってるのよ!!良太もいい加減に離しなさい!」
「いや、どう見ても乳繰り合ってるとしか思えなんだがな。
それにしても召集の令状とは大きく出たな。来なかったらどうするのだ?」
「離したんですから、蹴りを止めてくださいよ刹那。
来なければ所詮それまでの話ですよ。そもそも王に相応しくないということでしょう。
来ても真面目に理由を語れなければ、その者がこの国の未来を真剣に考えてないことになる」
その言葉に椿は薄く笑う。
マサハルの真意に気付いたからだ。
「我とお前の器を比べると同時に、未来を共に歩めるかどうか連中の器も見極めるか。
楽しい事になりそうだな」
「椿って本当に楽しそうにしてるわね。
それで?良太の事だから他にもあるんでしょ?
あんたにとっては満場一致で肯定されるか否定されるかしないと意味がないと
思ってるんでしょうけど」
刹那の問いに思わず彼女を見てしまう二人。
これまで刹那からそんな鋭い指摘を受けた事があまりなかったからだ。
「刹那も成長したな。我は嬉しいぞ」
「椿、涙流す振りをしても無駄だからね。
良太!あんた本気で泣いてるの!?
二人とも私をどう思ってるのよ!?」
「ううっ、刹那が私の考えを理解してくれた。これ程嬉しい事はありません」
「なんか、軽く馬鹿にされてる気がするわ・・・」
思わずジト目で睨む刹那。
椿は涼しい顔でそれを流し、マサハルはまだ感極まってるのか涙を流し続ける。
仕方ない、と椿が説明に入る。
「競っているというのなら我がこのまま王位で構わんという事だろうからな。
それに我も現状を自戒する事が出来る。
あくまでこれは連中がどう考えているかを知る事の出来る場となる。
本当に王位をどうするかは、後に考えれば良い事なのだ」
「分ったわ。
けどこれって誰かが直接行かないと駄目でしょう?
書状を届けるにしては物騒すぎるわ」
「それはお前達四人と良太に担ってもらう。
我も少しは手伝うがな」
「東には私が行った方がいいわね。迷惑かけた連中にお詫びにも行かなくちゃ。
馬鹿な亭主を持つと苦労するわ」
「そこが好きな癖によく言うわ。我も似たようなものだがな。
確かに東方にはお前が赴いた方が都合が良いな」
「良太!!いい加減に泣き止みなさい!
あんたはどこに行くの?」
「グスッ。え、えっと私は私でないと動かないだろう面々に会ってきますよ。
差し当たっては-」
マサハルの一番目の行き先に怒った刹那はまだ中身の入っているであろう小鍋を
顔面目掛けて投げつける。
その熱さにマサハルは転げ回り、刹那は怒りが沈まないのかゲシゲシと踏みつける。
そんな様を椿は腹を抱えて爆笑する。
この日も”良庵”では日常の光景が繰り広げられていた。
果たして、マサハルが向かう先はどこなのか?
それは次回で語る事となる。
マサハルの選んだメンバー。
大抵過去編に登場予定のキャラになります。