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小さな飯屋の繁盛記  作者: 大原雪船
第2部
30/55

10話:対話

月明かりの下、静寂に佇む屋敷があった。

その屋敷の縁側で富嶽と琴音はサラサラと茶漬けを啜っていた。


茶碗に焼いたお握りを入れて出汁を注ぐ。

刻んだ海苔と少量の山葵を盛り付ければ完成である。

後は、出汁でふやけたお握りを崩しながら啜る。

醤油の香ばしさを漂わせながらも、あっさりとした逸品である。


マサハルは材料を富嶽に手渡し、家で作るように勧めた。

修行中に考え付き、師匠のヨネが時折作らせていたというそれは現在では良庵の品書きには

書かれていない裏メニューでも一、二を争う人気の品であった。


「美味いのぉ」

「・・・そうですね」


真に美味なる物を食したとき大抵の人は沈黙する。

感動に浸る人もいれば、語彙の不足から語る言葉を失う人もいる。

そのどちらかとも分らぬが、両人とも言葉は少なかった。





美味の余韻に浸った後は、傑物と言われる両人である。

気分を一新させて対話を始める。

お題はもちろんマサハルの事である。口火を切ったのは富嶽であった。


「良太殿の言、お主はどうみる?」

「王位を望むという言ですか?」

「うむ。正直な所、ワシの考えを優に超えておるからな。昔から良太殿は理解に苦しむ所があったが、

 今回は極め付けじゃい」

「・・・」

「損得両方あれど面白い、か。椿様も相変わらず愉快な事を仰られるものじゃ」

 

良くも悪くも武人である富嶽にとってはこういう駆け引きは苦手だった。

逆に知恵者の琴音にとっても簡単に回答を出す事は出来なかった。

マサハルが、そして椿が何を考えてるのか、それを深く考えれば考えるほど分らなくなる。

一つだけ。痛いほどによく理解できた事がある。


「富嶽・・・」

「なんじゃい?」

「そもそも、これは誰が勝った負けたの価値観では私には図りきれません。

 しかし、今回良太に会い心の奥底の言を引き出した時点で我々は詰んでいるのです。

 そして・・・」

「そ、そして?」


琴音の回答に動揺する富嶽。

これまでヒノモトにおける多くの家臣を相手に論破してみせた知恵者が完全にお手上げ状態なのである。

それ以上にまだ何かあるのか?富嶽はその内容が非常に気になった。


「私が考える最上の結果は現状維持です。

 しかし、そこに上手く落とし込むには悔しいですが良太の思惑に乗ってしまう事が最善のようです」

「そうなのか?ゆえに、良太殿の言い出したあの方法か?」

「そう、あの方法での決着が何も混乱させずに済みます」


富嶽は溜息を落とすしか出来なかった。

女王椿の懐刀としてうたわれた知恵をもってしても、やり合う前に完敗。

簡潔にして悪辣。マサハルの智謀にぐうの音も出なかった。


「そもそも皆が誤解しているのですが、私では良太をどうこうする事はできませんよ?」

「はぁ?」

「私も時折忘れてしまう事なのですが、良太を処罰出来るのは椿様のみ。

 今のあいつは元大久保家の頭領ではなく王配なのです。

 良太に何らかの咎があり、罪に問うとしても王家の中の問題となります。」


それでも琴音がマサハルを裁く場合。

それは斎藤家に謀反の疑いが掛けられる覚悟で臨む事になる。

そして、マサハルを処断して目出度し目出度しでは済まない。

場合によっては椿をも処断して斎藤家が頂点に立たなければならないのである。

その後は理解に苦しむ事はないだろう。

国中が混乱し戦国時代への逆行である。

しかし、そうなる事はないだろうと琴音は考える。なぜなら、


「仮に富嶽の軍を味方に付けたとしても、富嶽。

 あなたは良太に勝てますか?」

「・・・無理じゃ。

 ワシはな。例えムネシゲ王が率いる万の大軍が相手でも死を恐れる事はないじゃろう。

 幻斎様一人が相手でも向こうに非あるならば、せめて一太刀と掛かるじゃろうな。

 じゃがな。情けない事に野放しになった良太殿は怖いし、

 千の兵を率いた良太殿はもっと恐ろしいと思っておる」


眉を歪めながら後ろ向きな答えを発する富嶽に対する琴音の反応は、

意外なことに賞賛だった。


「それで良いのです。

 私も最近になって椿様が何故富嶽を軍の長に任じたか分った気がします。

 幻斎老師は強過ぎるという言葉を超越した天性の武人。

 そして貴方は確かな強さと大きな体躯から発せられる威。

 何より良太を恐ろしいと言ってのける見識と戦場で動じない胆力。

 ”将たる器”に相応しいといって良いでしょう」

「それだけでは良太殿には到底及ぶまい?

 良太殿は短い間とはいえ、もっと凄いと感じたぞ?」


英雄は英雄を知るという言葉がある。

落ちこぼれと呼ばれた良太の常人では感じえぬ部分を富嶽は昔から感じ取っていた。

そしてその予感が正しかったと実感したのは戦乱終結時付近でのことだった。


「それも最近になって分った事なのですが、良太は・・・

 富嶽ほど強いとは思いませんが、どんな状況でもあいつだけは生き延びる気がします。

 臆病ですが、それを自覚し飼いならし武器とする術を持っています。

 話に耳を傾け、部下への報酬も出し惜しみしません。

 あいつは天性の”将の将たる器”なのです」

「えらく絶賛したな。じゃが、それなら余計に良太殿を据えた方が良かったのに、

 椿様はなぜそうしなかった?」

「私が反対したというのもあるでしょう。

 あいつはその部分は全く磨かなかった。軍律には厳しいくせに奔放だった。

 貴方は違う。

 器を持ち、足らないと自覚している。だから学んで足ろうとする。

 それでも貴方は良太に及ばないでしょう。

 しかし、それは平和になったヒノモトでは過ぎた力なのです。

 幻斎老師が統一後隠居したのも高齢もあったのでしょうがその部分もあります」

「なるほどのう。やはり琴音には教えられてばかりじゃのう。

 ガッハッハッ」


豪快に笑い、己を褒めてくれる夫に照れを感じながらも琴音は心の中で謝罪する。

夫には言っていない事があったからである。


(良太は才能がないと言っていた武を常人なら気が狂いそうな修練で磨いた。

 そして結果を出し続けながらも周囲から運が良かったと言われ続けた。

 狂気と天運。それと貴方に言った天性。それを併せ持つ者を大陸の歴史ではこう言ったそうですよ)


”王器”

  

(今回の事は私達と良太の争いではないのです。

 良太と椿様の器比べになってしまっているのです。

 だから良太はあの方法を私達に迫った)


マサハルの提案したあの方法。

それは古来からあった単純な方法である。

しかし、真剣にならざるを得ない手法にマサハルが変えてしまった。

それは、次の通りである。


・王位の禅譲を正式に迫るか否かを多数決で決めるものとする

・対象者は東西に散っているヒノモトに影響を与える者達

・決をとった後にその理由を述べてもらう

・なお、否決された場合は大久保良太は一部の例外を除いて一切の職務を行わない

 その権限を持たないものとする


今回は斎藤夫妻の視点からマサハルの企みの一端を書いてみました。

足らない部分は次回で補足する予定ですが、それでもおかしい点があれば改定しようと考えております。


料理物から大きく離れてきましたが、この2部が終われば戻ります。

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