表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな飯屋の繁盛記  作者: 大原雪船
第2部
23/55

3話:発端

ヒノモトの統治者が住まう城。

すなわち女王である椿の居城では月に数回、重臣達と朝餉を共にする習慣があった。

その日も椿は“四刃”の面々と膳を囲みながら、軽い世間話をかわしていた。


膳に出されたのは粥。

お代わりがあるのか粥の入った鍋が数個、脇に控える侍女の横に置かれている


元来ヒノモトの粥は米だけのシンプルな塩味の物が主体である。

それに梅干や、奮発すると卵が混ざっていたりする。

あっさりとして食べやすいが、一般的な健康な人間が食べると物足りなさを感じる。

しかし、この日の粥はそれとは大きく違っていた。


元は干物であったスルメが出汁の元となり、塩や醤油が加えられしっかりとした味付けになっている。

そこに葱が歯応えと鮮烈な爽やかさを、魚のつみれや半煮えの刺身が

普段の粥では味わえない食べ応えを演出し、日頃政務で忙しい彼等の胃に

優しく働きかけ朝の活力を与えていた。


「朝からこんな贅沢を味わっても良いのかと考えさせられますが、

 これは絶品ですね」

「琴音の前で言うのもなんですが、これは旨すぎますわい。

 例の大陸の客人が作られたもので?」


手放しで賞賛するのは斉藤琴音である。

一方、巨躯に比例するかのように大きな丼鉢でかき込む様に食べるのは斉藤富嶽。

質実剛健を旨とする夫妻にすれば、こんな具沢山の粥自体が奇怪にみえるが、

主君の前でそんな素振りを見せることなく舌鼓を打っていた。


「なんかどっかで食べたような味だよなぁ・・・」

「・・・」


首をかしげながら味を確かめるように食べるのは石橋飛翠だ。

旨い事は旨いが食べた事がないような味ではなく、なぜ斎藤夫妻がそこまで絶賛するのか

全く見当もつかなかった。


一方で刹那は時折椿の表情を探りながら、ひたすら無言で淡々と食べていた。

旨い。味を評価すれば彼女も周囲と同感であったがそれだけではなかった。

それは彼女にとって非常になじみの深い味だったからである。


上座に座る椿はというと、粥の味にご満悦という様子であった。

それだけではなく家臣の賞賛の言葉に表情も微かにではあるが崩れている。


その様子に刹那は誰が調理に加わったのか瞬時に理解でき、

何を考えているのかと怒鳴りつけたいるのを抑えるのに苦心していた。




鍋の中の粥もなくなり、侍女達が片付けを行う。

面々が余韻に浸りながら一心地ついたころ椿は他の者に声をかける。


「どうやら朝餉を堪能したみたいで何よりだ。

 我もヤン殿に大陸の朝餉をと所望したが内容は伏せられておったのでな。

 まさか粥が出てくるとは思わなんだよ」

「なるほど。やはり大陸の料理でしたか」

「米は古来に大陸からこの国に伝来したと言われとりますからな。

 料理も似かよるのでしょう。これだけ豪勢なのは文化の違いという奴ですかな」

「あ、だから食べた事がある気がしたのですね。良庵で食べた味と非常に似ておりました」


他の者が賞賛を含めた返答をする中で、刹那は直後の展開が読めずただ黙すだけだった。

ただし、彼女の脳内は非常に混乱したものであったが。


(椿!!あんた何考えてるのよ!?こんな所で引っ掻き回してどうするつもりなの!!

 んで、飛翠!!あんたは今核心突いたの。それ以上黙ってなさい!!

 けど、料理は本当においしかったわね~。大陸とヒノモトの共同作なんて滅多に食べられないわ。

 学校にヤンさんとあいつ呼んで作ってもらおうかしら。

 てか、最近アスカが料理教えてくれってしつこいのよね。

 忙しいって理由じゃ誤魔化しきれないし、正直に言うと母の威厳が崩れるわ!?

 違うのよ、アスカ。母様は不器用なのではなく、練習する時間がなかっただけなの。

 そんな目で見ないで!?家事全般が難なくできる良太が異常なだけなのよ~。

 ・・・何考えてるのよ私は!!結論!!良太が全部悪い、以上!!)


 そんな刹那の心中を察してか、椿はニヤリと口元を歪ませ質問する。


「刹那はどうであったか?詰まらなそうな顔をして飯を食っておったが?

 旨かっただろ?ヤン殿が腕によりを掛けて作ってくれたのだからな」

「ええ。非常においしかったです。堪能しました」


「私」という立場ではマサハルの妻という同等の立場ではあるが、

「公」という立場では歴然とした位階の差があり、二人の口調もそれに準じたものとなる。

大らかな椿とそのあたりの機微が雑な刹那の気安い間柄であっても、

刹那が重職にあることで上に立つ者同士の明確な線引きがそこには成されていた。


非常に面倒くさいと感じながらも椿はまるで自分の手柄のように応じる。


「そうか。それは良かった」


そして彼女はここに大きな爆弾を落とす事となる。


「なんせ我の娘も手伝ったからな。より格別なものだったわ。

 奴の教育の賜物じゃな」


その瞬間、笑顔であった琴音の表情が凍りつき、富嶽は何を言われたかわからないといった表情で

ポカンと口を開ける。飛翠は唐突な主君の爆弾発言に咳き込み、刹那は眉を顰めながらため息をつく。


「へ、陛下?今、何を仰いました?」

「ん?だから、今回の朝餉はヤン殿とミコトの合作じゃと言った。

いや、合作は言いすぎだな。じゃが、手伝いをしたのは確かだぞ?

我がヤン殿に手伝いをさせるように頼んだのだからな」

「良太が帰ってきているのですか!?私は何も聞いておりませんよ?」

「わしも何も聞かされておりませんが・・・何か大事が起きたのですか?」


刹那は観念したかのように腕を組み目を瞑る。全てを椿に委ねようと決めたからだ。

これからの騒ぎを想像できたのであろう、飛翠は顔を蒼白にして固まっている。


「帰ってきてるも何も我はヤン殿にこう依頼した。

 彼が最近懇意にしている店の者と協力して朝餉を作ってほしい。

 店の名前は確か・・・そう、良庵じゃったな」

「良庵!?“良太”の“庵“・・・安直過ぎるにも程がある!しかし・・・」

「しかもあの店は数年前に開店したはず。

 わしは行った事はありませんが、店主と看板娘と小者の三人で切り盛りしてるという。

 まさか、ずっと其処に?」

「富嶽。馬鹿な事を言わないで欲しい。良太は東に行って忙しいはず。

 慣れない政務でここ数年こちらに戻ってこれないのが良い証拠です」

「それこそ、あの良太殿が椿様や刹那殿の下に顔を見せないという方がおかしいじゃろ」


推測に基づく議論を重ねあう夫妻。

しかし見る者が見れば、それは唐突な事態に慌てふためき若干の現実逃避の色が

入っているようにも思える。二人の額に浮かぶ汗がそれを証明していた。


敵国が攻めてきた。飢饉が起こった。目の前でカラカラと笑う敬愛する女王が倒れた。

それらが仮に起こったならば二人は毅然として対応し立ち向かったであろう。

なぜなら、それらは起こりうる事態だからである。

そんな二人にとってでさえ、女王椿の落とした爆弾は大きすぎた。

有り得そうで有り得ない、有り得なさそうで有り得る。

それは考えれば考える程ドツボにはまる代物だったからである。





「事実よ」


それは刹那の発した一言であった。

それだけで場が冷えたように鎮まり返る。

浮かべる表情はそれぞれ違えど場にいる者の視線は刹那に向けられた。


「良太は数年前に東からヤマトに戻ってきた。

 そして、名前を変えてミコト達と一膳飯屋を開いてるわ。

 これは最重要機密事項に分類され、知っているのはごく僅か。

 で?それを知ってあんた達はどうする訳?」


刹那の視線は琴音に向けられる。目には不退転の意思が込められるかのようである。

唖然とする斎藤夫妻。またかと溜息をつく飛翠。

それを面白そうに眺める椿。


なおも刹那は言い募る。


「あたしは良太がなんであんな事したのかは知らない。

 どうせあたしの頭じゃ分からないし、椿が許したのならそれでいい。

 良太とアスカと一緒にいれるなら構わない。

 けどね、琴音。あんたが動こうとするなら、あたしだって受けて立つわ。

 富嶽、あんたは琴音とあたしとの問題だって思ってるんでしょうけど、

 行き着く先は斎藤家と大久保家との問題になるのよ。そこの所勘違いしないでよ」

「おい、刹那!?陛下の御前だ。それ以上はよせ!!」


剣は抜かずとも、刹那の裂帛の気合に場が支配される。

富嶽は困ったように頭をかき、琴音は負けじと睨み返す。

一触即発の緊張感の中、飛翠は必死に間を取り持とうとするが功を奏しない。

それを変えたのは雰囲気を意に介さなかった椿の一言であった。


「良太と話せば良い」


短い一言であったが、4人の頭を冷やすには十分な重さがあった。


「喧嘩をするより、直接良太に問いただせば良い。

 その方が建設的だと我は思うよ。

 ただし、仕事を放り出すなよ?ちゃんと引継ぎするようにな」


カラカラと笑う椿の言葉に全員が立ち上がりその場を後にする。


(さてさて、どうなる事やら)


それを知るのは天のみ。いや、それだけではないと椿は冴えない夫の顔を思い浮かべて苦笑した。


朝の間はそれぞれが己の仕事を大急ぎで全うし、そして職場を出た。

昼に差し掛かる頃に、思いや感情は様々に小さな飯屋に駆け込んだ。

そこで、数年ぶりにヒノモト統一のために時代を駆け抜けた四刃と大久保良太が

同じ場に集結することになる。


これが四刃が”良庵”に集結した経緯である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ