2話:英雄(?)の集結
(い、一体何がどうなってるネ)
マサハルに交代を頼まれて生地を打ち伸ばしながらもヤンは自分の置かれた状況に
戸惑いを隠せなかった。
友人の店で料理の研究を行っていたら自分も知っている人物が次々と来店した。
それもヒノモトにおいて上位に位置する実力者ばかりがである。
故郷では王にも料理を出し、緊迫感あふれる状況にも慣れているはずの自分が
萎縮するほどの異様な雰囲気に満ちている。
来客の中には明らかに怒気を振るっている者もいれば呆れた表情を見せている者もおり、
女性同士が睨み合ってと混沌とした状況である。
(いや、マサハルさん。お茶なんて飲んでる場合じゃないヨ)
そして、その中心に自分の友人であるマサハルがいて鼻歌交じりで平然と
ミコトから手渡された湯呑みに入った茶を飲んでいる。
味が気に入ったのか娘の頭を優しく撫で、ミコトもくすぐったそうにして、
初めて見る娘がそれを羨ましそうに見詰めている。
その光景になぜか一段と空気が重くなり、ヤンの傍らにいるガウも目の前の状況に
今にも割って入ろうとワクワクした表情を見せている。
来客達の名前は石橋飛翠、斎藤琴音と夫の富嶽、そして大久保刹那とその娘のアスカ。
その日、「良庵」にはヒノモトの英雄たる“四刃”が集結していた。
「琴音おばちゃん、どうぞ」
「あ、ありがとうございます姫様」
「ここでは姫様じゃないよ~」
苦笑するミコトから差し出された茶を琴音は動揺しながら受け取った。
彼女からすれば仕える主君の娘、すなわちヒノモトの王族より茶を出されて普段であれば
恐縮はあっても驚きはない。
しかし、どこにでもありそうな町の飯屋でそれを振舞われたのであるから
その驚きようといったらなかった。
思わずミコトの「おばちゃん」呼ばわりを注意するのを忘れたほどであった。
今居る面々の中ではマサハルの1つ上、刹那よりも2つ年下でまだ20代半ば。
世間から見ても年増と言われる年齢であっても、それを指摘されると痛いのが
常の琴音の心境である。
琴音は改めて他の面々にも茶を差し出すミコトを見詰める。
茶の入れ方、注ぎ方、差し出し方に至るまで実に淀みがなく洗練されている。
教育もあるだろうが間違いなく多くの人間に行ったという経験の賜物であると見て取れる。
しかも、長きに渡ってだ。
政務で忙しい母親に代わって父親が任地で面倒を見ているはずである。
父親がここにいる以上、娘がいるのも当然ではあるが任地は首都ヤマトではなかった。
「ミコトもお茶を入れるのがうまくなりましたね」
「えへへ・・・」
ミコトの頭を撫でる目の前の男、この店の店主マサハルと名乗る人物。
彼、大久保良太征遥の任地は東の大都市、エドであったはずである。
元敵対勢力の本拠地であり、そこを統治するというのは斎藤琴音をもってしても
自分達では手に余り、適任者が彼以外にいないと認めざるを得なかった程の難易度である。
そこを放置して今の今まで自分達を欺いていた。
彼女は目の前の人物の所業に怒りを覚えていた。
そんな心の揺らぎを感じたのか、何か起こされる前にと夫である富嶽がマサハルに
疑問をぶつける。
「ここに店を構えて長いんじゃろうか?」
「およそ3年前になりますね。その前の1年で駒鳥屋で修行を行って、さらに前の2年は
大陸にいたので富嶽殿と城以外でこの地で会うのは6年ぶりになりますか」
6年前。統一から1年後で大久保良太がエドに向かったのと多少のずれがあるが
ほぼ一致する時期である。
半年も経たずに任務を放り投げヤマトに戻った計算となる。
「ふざっ「その件に関しては椿も認めた事よ。あんたの口出しする幕ではないわ」!!」
激昂してマサハルに詰め寄ろうとする琴音の怒声を遮るのはマサハルの妻、刹那であった。
彼女も「良庵」の存在を椿が夫妻に漏らした事を知り慌てて娘を伴って駆けつけたのである。
大久保良太が絡むと刹那と琴音は場所や状況を顧みずに徹底的に対立する。
それが重要な会議の場であろうと主君である椿の前であろうと。
それが分かっていたからこそ飛翠はマサハルを連れ出して逃げようと考え、
失敗したと分かった途端に頭を抱えたのである。
「実際にだ。今まで聞かなかったがエドの統治は大丈夫なのか?
いや、何か不穏な動きがあればお前がここで店なんかやってるはずはないのは
分かってはいるんだが・・・」
痛む頭を抑えながら今度は飛翠が疑問をぶつける。
彼がこの店を知ったのは本当に偶然。
とあるお尋ね者が暴れ回った時に通りがかったガウが取り押さえた。
その褒章を渡すために訪れたらマサハルと再会したのである。
その件がなければ自分も知らなかっただろうと今でも考えている。
「実際に乱の兆候はありました。されど鎮めるのに然程時間はかからなかったのですよ。
それにある程度税率を低くしたために民の不満は最小限に抑えられましたしね。
と言ってもこちらの税率と合わせただけなんですがね。」
マサハルは人事のように簡単に返すが、それをするのがどれだけ大変な事か。
女王椿の補佐として政務に関わっていた四刃の面々はそれを身をもって知らされていた。
さらに彼等を驚かすような発言をマサハルは続ける。
「とは言っても、予定よりも収入が減りました。戦に明け暮れてましたからね。
準備していた資金も復旧に結構使いましたしたよ。
しかし、低くした分の収入は産業を興すことで補った。
それを考えたのは今エドにいる者達です。
政なんて私には大雑把な事しか考えられません。民を飢えさせずそれでいて収入は殖やす。
まさしく彼等の専門です。失敗は許すが手抜きは許さず。
そう言ってあの連中の好きにさせました。」
「戦が起こらない状況では大久保良太の名前なんて張子の虎も同然。
大久保良太が治めているという名分さえあれば居ても居なくても同じ。
ならばエドにいるのは私にとって時間の無駄でしかなかったんです。
ミコトの教育にも時間を使いたかったですしね」
マサハルの言は暴論も良い所であった。
しかし、6年もの間それがまかり通ったという事実は文官達の力量を、
ひいては大久保良太という人物の影響力を如実にあらわしていた。
「いくつか店を開いたという理由はあるんですが・・・」
マサハルは居並ぶ面々を見つめる。
皆、マサハルがまた突拍子もない事を言うのかと思わず身構える。
「ま、食事をしながらで構わないですか?試作した料理がありますので」
マサハルはあくまでマサハル。
至ってマイペースだった。
気が付いたら1ヶ月以上ぶりの更新です。
本当なら活報に一報あってしかるべきでしたが、
何もせずに申し訳ありませんでした。
延びた理由は色々ありますが、何とか更新を続けてまいります。