1話:天敵襲来
第2部です。
王位を望んだマサハル。
果たしてそれがこれからにどう影響するのでしょうか。
ヒノモトの首都ヤマト。
中心部に女王椿の住まう城を構え、四方が城下町として発展している大都市である。
その日もある地区の大通りは行き交う人々で賑わっていた。
散策に出る青年や商いに奔走する商人、芝居見物に出かける町人などでごった返してる。
そんな中を一際異彩を放った夫婦が疾走していた。
女性の方は一目見ただけで分かる怜悧な美貌が怒気で染まっており、
肩をいからせながら人ごみを通り抜けていく。
一方で男性の方はそんな妻の後方を身の丈7尺を超える体で窮屈そうに追いかけている。
鬼瓦とも言うべき強面とヒノモトの人間の平均からは逸脱した体躯に
通行人は驚き道を譲るかのように後退る。
自分のせいだとは思いもせず、男性は妻を嗜める。
「少しは落ち着かんかい。皆が怖がっておるじゃろが」
夫の忠告に妻はピタッと立ち止まる。しかし、歩みを止めても肩の震えを止めることは
かなわなかった。
振り向き夫に怒りの感情をぶつける。その様は口から炎を吐き出す竜のようである。
遠巻きに見ていた人達も何事かと固唾を呑んで見守るしか出来なかった。
「これが落ち着いていられるか!あなたも聞いていただろう!」
「それは分かっておる。されど、その怒りを今は秘めておけ。
ここは天下の往来だ。町の衆に迷惑をかけてはならぬ」
「くっ・・・」
夫の注意に妻は体を震わせると大きく息を吐く。
落ち着きを取り戻しはしていないものの全身から立ち込める感情を隠せるほどには
静まっていた。
それを確認した夫は周囲に向かって頭を下げる。
「皆の衆。お騒がせし申した」
周囲の人達は突然の謝罪に言葉も出ない。
強面がどんなに頭を低くしても怖いものは怖い。
そして夫の強面は何もせずとも顔を見た赤子が泣き出し老人が腰を抜かすレベルであった。
よって誰も動けずにいた。何をされるか分かったものではないからだ。
自分が原因の一端を握っているとは思いもよらない夫は頭を上げると妻の手を引いて
その場を離れる。
後に残ったのは未だに動けない通行人達だけであった。
この夫婦はとある機密を自分が仕える主人より聞かされた。
それは世間に漏れれば非常にまずい事項であり、主人からも堅く口止めをされていた。
その機密に深く関っていた妻は怒り狂った。
彼女の中で想定外の事態だからであった。
夫もそれに呆れながらも対処に困っていた。
妻の怒りは理解できるものの、機密の内容にも問題があった。
妻にも原因の一端があったからである。
下手をすれば夫婦にも、とばっちりがやって来るのは目に見えていた。
二人は事の真相を確かめるべく、とある場所に赴く最中であった。
「いやぁ、ヤン殿に手伝ってもらって申し訳ないですよ」
「気にする事ないヨ。マサハルさんの頼みだし、私でも料理の事なら力になれるヨ」
その日、飯屋「良庵」で店主マサハルはヤンの力を借りてある料理の開発に乗り出していた。
元々大陸の料理であったそれをヒノモト風にアレンジしようという試みである。
竈には様々な野菜や肉を使い出汁を取った甕が幾つもグツグツと煮込まれていた。
他にも骨から取った出汁や様々な具材が甕や鉢に入れられている。
あまりの大仰しさにミコトの目が丸くなったほどだ。
「そうそう。その調子で伸ばしていくヨ」
「これはけっこう難しいですね」
「マサハルさんなら刀削も出来るだろうけド、あれはもっと難しいネ」
マサハルはヤンの指導で小麦を練った塊を竹の棒に足をかけテンポよく伸ばしていく。
薄く伸ばされた小麦の塊は折りたたまれまた伸ばされる。
丹念に練られた生地は弾力をおび食感を生み出していく。
それを繰り返していると店の扉が開けられた。
表には暖簾も掛かっておらず準備中の札を立てていたにもかかわらずである。
現れたのは飛翠であった。
慌てて走ってきたのか顔には汗が流れ、ハアハアと荒い呼吸を繰り返す。
「今は準備中ですよ。それに手が離せないんですよ」
「はぁはぁ・・・」
「マサハルさん・・・飛翠様と知り合いだったカ?」
かつて椿に料理を振舞った際にヤンと飛翠は面識を持っていた。
しかし、一介の飯屋の主であるマサハルと飛翠に面識があるとは思っていなかったのである。
「ええ、昔馴染みですよ。それにしても慌ててどうしたのです?
ヤン殿、申し訳ありませんが水を飲ましてやってください」
「わかったネ」
ヤンは大振りの湯呑みに水を入れ飛翠に手渡す。
渡された飛翠は勢いよく飲み干し息を落ち着ける。
「ふぅ、手間をかけさせた」
「そんな事よりどうしたのです?治安を預かる人物がその様では町の皆さんが不安がりますよ」
「そんな事はどうでもいい!!」
飛翠は生地を練っているマサハルの腕を取り引っ張り上げようとする。
片足を竹に掛けているためにマサハルは思わずバランスを崩し転びかける。
竹が地面にカラカラと音を立てる
「ちょ、何するんですか!?」
「何も言わずに今すぐこの場を離れるんだ」
「は?」
焦りの表情を浮かべる飛翠にマサハルは訳が分からなくなる。
戸惑いの表情を浮かべるだけで動こうとしないマサハルに業を煮やしたのか
飛翠は掴んだマサハルの腕を引っ張り外へ連れ出そうとする。
「お前がここにいる事があいつらにばれた」
「は?なんでです?」
「あの方がばらしたんだよ!急がないと大変なことになるぞ」
マサハルの正体はごく限られた人物にのみ知らされていた。
ヤマトにいる人物の中では偶然知ってしまった飛翠を除いては、
妻である椿と刹那、祖父の幻斎に料理の師匠である駒鳥屋ヨネだけであった。
そして、飛翠の言うあの方とはヒノモトの女王である椿のことであった。
マサハルは誰にばらし、椿がなぜばらしたのか大方の見当がついた。
逃げても良いが無駄に終わる事は推測できた。なぜなら、
「そんな事言われても、もう近くまで来てますよ。
もう少し早く来てくれれば間に合ったんですがね」
「げっ!?遅かったか・・・」
飛翠は手を顔に当て天を仰ぐ。
これから起こる騒ぎの予想が出来たからである。
ヤンは突然の展開についていけない。呆然としている。
肝心のマサハルはどうしたものかと頭をかいていた。
扉がガラガラと開けられる。
マサハルは突然来た珍客に声をかける。
現れたのは二人の人物であった。
「いらっしゃいませ。お二人とも久しぶりですね」
「まさか本当にこちらにおられるとはな・・・」
「ここここここ・・・」
一人は呆然とし、もう一人は顔を真っ赤にして怒りのあまり呂律が回らない状態だった
「この大馬鹿者があああぁぁっ!!」
そして大久保良太の天敵と評された斎藤琴音の大声が店内に響き渡った。