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小さな飯屋の繁盛記  作者: 大原雪船
第1部
2/55

2話:名物料理

早速、難産でしたw


無駄に膨らむ上に、終盤はパワーダウン。


若さがほしいです・・・

 飯屋「良庵」の名物料理として「丼物」がある。

ヒノモトではおかずと飯は別々で配膳され、おかずを飯の上に乗せて食べるという習慣は

あまりなかった。

とりわけ飯屋や料亭では行儀が悪いとされ、そのような料理を出す店は皆無だった。

第1号として掻き揚げ丼が品書きで出された当初は奇怪な物として敬遠されていたが、

実際に食べた客に大受けし、その評判が口コミで広がる頃には

「良庵」の名物料理となっていた。

特に労働者層の若者を中心に「値段が安い・注文してから出るのが速い・とにかく旨い」と

熱狂的人気を獲得していた。

さらに天丼や親子丼などバリエーションが増えるにつれ、

初めは「揚げ物1つまともに拵えられない料理人の小細工」と白眼視していた他の店も

追随し始め、

ヒノモト一の料理人と評される駒鳥屋ヨネが、

「素朴にして洗練、大胆にして繊細、単純にして奥深し」と太鼓判を押したことで拍車がかかり、

今やヒノモトではヤマトを中心とした空前の丼物ブームが巻き起こっていた。





箸を突き立てると熱い飯に程よく熱された卵がからむ。

摘み上げる黄身と白身の配分で味が変わり

ほんの少しの醤油の塩気が卵と飯の旨みを増幅させる。

味を膨らませるのは醤油でなくてもいい。

塩でもいい。酢でもいい

何か他の具材を加えても面白そうだ。

調理法は恐ろしく簡単。

焼いて飯の上に乗せるだけ。

されど火加減により食感が千変万化する。

まさに単純にして奥深し。


「凄いよ父様!!おいしいよ~!?」


 ミコトは試作品として出された丼の味に驚愕しながらも勢い良くかき込んでいく。

マサハルの教育の成果か綺麗な箸使いでありながらも、その回転は留まる所を知らず、

みるみるうちに中身がなくなっていく。


「お代わりは沢山あるから慌てずによく噛んで食べなさい。喉が詰まりますよ。」


 ミコトの食べっぷりに女の子らしくないかもと苦笑しながらも、

マサハルはポンポンと頭を撫でると卓を挟んで対面に座る男に目を向けた。

今は準備中であるので客卓にマサハル達が座っても不思議ではなかった。


「で、何の話でしたっけ?」

「だ・か・ら!!調理法を全て教えろって言ってるんだ!!」

「娘が食事をしているのです。怒鳴らないでいただきたいですね。」


 丼物の産みの親としてマサハルに調理法の伝授を請う者が多く来店していた。

マサハルも調理法を惜しみなく伝えたが、そういう者達に教えるための条件が存在した。


・教える丼は1つだけ。

・きちんと作れるようになってから店で出す事。


 彼らにとって、料理人としては2つ目の条件は当然と受け止めていた。

勿論、守らないものもいたが大抵は味の面で淘汰されていった。

しかし一旗あげよう、儲けようと良い意味でも悪い意味でも貪欲な者達にとって、

1つ目の条件はマサハルの了見の狭さの表れだと誹謗する事が多かった。

力ずくで引き出させようとする者もいたが、須らくガウにより返り討ちにあった。

その日マサハルに教えを請いに来た男もそんな1人である。


「ですから、条件は先程述べた通りです。それを貴方が承諾した上でお教えしたのですから

 問題ないでしょ?」

「エドからわざわざ来て、あんな簡単な教えで納得がいくかってんだ。

 大体お前、他にも多く持ってるんだろ?もう少し教えてくれたっていいだろうや。」

「何を言うのかと思えば・・・約束は守りましょうよ。

 こちらは嘘偽りなく旨い丼物を教えたのですよ?

 それに貴方だけ特別扱いは出来ませんしする気もないです。」

「ちっ。もういい!!手前ぇには頼まねえよ。

 生みの親ってだけでいい気になりやがって・・・」


 立ち上がり椅子を蹴り倒すと男は憤慨を隠そうともせず店を出て行った。



「・・・怒ってたね。」

「誰にも教えてない物を教えろと言われたから教えて差し上げたのにね。

 欲が深かったんでしょう。」

「この丼、美味しいよ??」





 ミコトの食べていた丼、それこそが今回マサハルが男に教えた物であった。

しかし、男には不評だった。


 こういう事が結構多い。

なぜ、怒って帰る人が多いのか?父は代金も取らずに教えているのに、文句を言うのか?

ミコトにはそれが理解できなかった。


「父様、なぜ皆怒って帰っちゃうの?」

「・・・うん。私が全部を伝えてないからだね。」


 悪いのは自分だと自覚しているような物言いがミコトには意外だった。

だったらなぜ直さないのか?悪いと思っているなら直す努力をするべきだと

いつも言ってるではないか。


 ミコトの思考を表情から読み取ったのか、マサハルはミコトの小さな身体を持ち上げ

自分の膝の上に座らせた。


「何も意地悪でそういう事をしている訳じゃないんですよ?

 真意を悟ってお礼を言ってくれた人も居ますしね。」


 あんな事があったばかりなのに穏やかだった。

表情も口調も、ミコトの大好きなマサハルのそれだった。


「私の考えです。母様の考えとは違っているかも知れませんが、

 人に何かを伝える時には何を、どのように、どのくらいの量を伝えるのか。

 これが大事だと思います。怒っている人達にとっては、この量が足らないと怒ってるんですよ。」


 ミコトに物事を教える時、マサハルは必ずといっていいほど料理を例に絡めていた。

それがミコトにとっても非常に分かりやすく、それは後々の血肉となっていく事になる。


「さっきの場合を一緒に考えましょうか。”何を”とは何について言ってるでしょうか?」

「これの作り方でしょ?」


 ミコトは丼を突き付ける事で正解を述べた。


「じゃあ、”どのように”は?」

「えっとね・・・実際に作ってる所を見せてたね。それに順番もいってたよ!!」


 打てば響く。

このやりとりの瞬間がマサハルにとって至福の時であった。

分かりやすい例えとはいえ、ミコトの聡明さに微笑ましさと誇らしさを覚えるのである。


「最後に”どのくらい”は?」

「えっと・・・そこに怒ってたんだよね。」


ウンウンと悩む姿もまたかわいい。

まさしく、マサハルは親馬鹿であった。


「父様がいつも言ってる事は何だったかな?」

「え?”基本は大事。けど基本がいつも通用するとは限らない”だよね?」


 父の助言がミコトの思考をかき乱す。

しかし、こういう時のマサハルが無駄な事を言わない事は幼いながらも理解していた。


”考えても分からない事は聞いてみる。ただし何が分からないかを理解してから聞く事”


それもまた、マサハルが大事な事だとミコトに教えた事だった。

ミコトはそれにならい、現時点で自分が分かっている事を絡めて回答にたどり着こうとする。


「この場合の基本って、丼の作り方だよね?

 焼いて、ご飯の上にのせる。味付けはそのままでもいいし、醤油でも塩でもいい。」

「そうそう。ちなみに、彼はエドから来たって言ってましたね?」


 エドはヒノモトにおける東の大都市で首都ヤマトまで徒歩で2週間以上かかる距離にある。


「遠いね~。あ、だったら卵や醤油が此処と同じお店で買えないって事ね。

 そうなると、この丼の作り方を1から10は教えることができても、

 全部あの人が出来るとは限らないって事?」


 マサハルは我が意を得たりといった表情で微笑み、

グリグリとミコトの頭をなでる。


「正解。結局は自分の店で、あの人が試行錯誤しないと意味がない。

 1つしか教えないのは、そこに気づかない限り何種類教えても同じ事だから。

 さらに言えば、丼は出来たばかりの料理様式。何の具材をどう調理しても自由が利く。

 固定観念で縛りたくなかったってのもありますね。」


 人は思うだろう。

たかが料理1つ教えるのにこんな大仰な事は考える必要があるのだろうかと。

ミコトの幼さではそこは理解できずにいたが、

決して父が悪いわけではないという事だけは感じていた。


(よくわからないけど、やはり父様はすごい。)


それが、ミコトの答えだった。


「基本は分かったけど、この場合の応用ってどうなるの?」

「応用ですか?ふむ・・・これなんかも答えかもしれませんね。」


数分後、新しく出された丼にミコトは舌鼓を打つことになる。


後に、「良庵」の品書きに入り然程人気が出なかったものの、

その簡単さから家庭料理として普及されることとなる名物が誕生した。


その名も、”目玉焼き丼”と”玉子焼き丼(後に天津丼と改名)”である。


この世界では玉子は安いという設定。


玉子は昭和中頃までは高級品ですが、今や庶民の味方ですね。


目玉焼き丼、よく作って食べます。

もちろん黄身は半熟で・・・

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