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小さな飯屋の繁盛記  作者: 大原雪船
第1部
15/55

15話:マサハルの決断(中編2)

楽しい宴は永遠に続くものではない。

食べ物、飲み物、そして時間と費えていくものが存在するからである。

とりわけ時間が有限な限り終わりがあると分かるから、

人々は終わりまで精一杯楽しむのである。

大久保邸での宴もそれは例外ではなかった。宴も佳境が過ぎ、各人思い思いに過ごしていた。





酒に強い椿とガウはまだ呑んでいた。ガウはさらにカレーをかき込んでいる。

どちらにも酔いの兆候は見られない。徳利が何本も転がっているにもかかわらずである。

そして、ガウの側には、空になったお櫃が2つと飯が半分以上無くなっているお櫃があった。


「よくそんなに食えるものだ。まぁ、男児たる者若いうちはしっかり食すべきだが。」

「主の飯は旨いぞ。まだまだ腹六分目だ」

「そうか、まぁ呑め。」

「おっと、奥方殿すまないぞ。」


ガウはヒノモトの王である椿を前にしても全く物怖じしない。

口は悪いが陽気なガウを椿は気に入っていた。


「奥方殿、四刃の誰かと戦わせて欲しいぞ。」

「皆忙しいのでな。また今度にしてやってくれ。」


極めて好戦的なのはたまに傷ではあるが。


ガウは大陸の出身である。

それをヒノモトに連れてきたのがマサハルだった。

マサハルの話では喧嘩に勝ったら付いてきたと笑っていた。


「四刃とやるのは良いが、良太とは再戦しないのか?」


「良庵」で店員をしているものの、ミコトのように料理の勉強をしている訳でもなく、

学問を学んでいるようでもない。四刃と仕合うならば軍人になって頭角を現した方が

近道である。かといって、マサハルに戦いを仕掛ける素振りを見せない。


「戦いってのは楽しいぞ。勝ちも負けも糧にして強くなる事が分かる。

 鍛えるってのも楽しいぞ。やればやるほど強くなれる。」

「ならばなおの事、良太とやれば良いではないか。」


ガウの戦っている姿を見た事はないが、椿は彼を強いと感じていた。

それは王として多くの武将を見ていた彼女の経験から来るものであり、

その強さは四刃に迫るだろうと思われた。


「主となぁ・・・」


遠い目をしてガウが考え込む素振りを見せる。その額には少量の汗が浮いていた。

そして、ポツリと呟いた


「主の飯は旨いんだぞ。お嬢は優しいんだぞ。俺と主がやったら、

 両方とも無くなっちまうかも知れんぞ。俺と主のは戦いじゃねえ。」


声に苦悶が入り混じる。


「ありゃ殺し合いだぞ。」

 

それはどこか憂いを秘めた表情であった。






「こうして太郎は犬といつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」


寝室では刹那が娘達に話を聞かせていた。


「グスン・・・・犬しゃんよかった。」

「いいお話だったね~。」


娘達は話に見入り、その展開に一喜一憂。その結末に一様の感動を覚えているようである。

刹那の手にはその類の話が纏められた本があった。

この世界、本は昔ほどではないが安いものでは決してなかった。

かつての権勢は失ったものの大家である大久保家では然程珍しいものではなかったが、

その内容は学問であったり兵法や技術であり、いわゆる戦争や政治のための物であった。

御伽噺など娯楽のための本など一冊もなかった。


「刹那が教育についての仕事を頑張るなら、こういう本も必要ではないですか?」


マサハルが気恥ずかしそうに刹那に手渡した数冊の本。

手作りであろうそれらの中にはヒノモトおよび大陸の御伽噺や子供の遊びについての

内容が纏められていた。

現在刹那が直接関わっている、役人や軍人を育成する場所には不要な本である。

しかし、よくよく考えると国力向上のためには将来的に子供の教育も

視野に入れなければならないだろう。

その事を考えるとなかなかの価値のある書ともいえた。


「刹那母様、次のお話読んで。」

「母しゃま、お話。」

「駄目よ。もう遅いんだし、子供は早く寝なさい。」


カレーを食べた興奮か、久々に家族が揃った嬉しさか、いつもはもう寝ている時間なのに

子供達は元気そのものである。彼女達を寝かしつけるのには

まだまだ時間が掛かりそうであった。


(良太ってつくづく、こういうのが好きなのよね。出来れば仕事変わって欲しいけど、

 あたしじゃ店を潰すだけなのよね。うぅ・・・なんで、もっと料理の勉強しなかったんだろ。)


気質と資質がここまで合わない人間は珍しい。

それが刹那の夫に対する感想であった。








縁側ではマサハルと幻斎が並んで月を見ていた。

互いに何も言わない。何を思っているのか、お互いにそれが分かっているのか。

それは誰にも分からないものであった。



思えば祖父とこんな静かな時を過ごしたことがなかった。


マサハルにとって幻斎は尊敬すべき人間である事は確かだった。

戦乱の時代では厳しくも暖かい師であり上司であった。

しかし、その前に祖父と孫の関係が来ることは、あまりなかったような気がする。

いや、あったとしても隠れた愛情に気づくには大久保良太であった頃のマサハルは若すぎた。

そして何よりも多忙すぎる幻斎は良太のそばにいる事が少なかった。

物心付いた時には両親と死別していたマサハルは孤独だった。

自然と当時のマサハルの中では実の祖父よりも傍にいた姉代わりだった椿に

重きを置いていった。



幻斎はこんな時が来るとは思っていなかった。


孫や曾孫に囲まれて、穏やかな平和な時代を過ごせるとは露ほども考えた事がなかった。

自分は戦乱の時代でしか生きられない運命と思い、それを満足と感じていた。

平和な世を若い世代に託して、後は自分は朽ち果てるものとだけ考え、

自分に出来る事すなわち戦う事のみに明け暮れた。

気が付けば、我武者羅に戦った自分に忠誠を誓う者がいても、

友人や家族が戦の世に消えていったのである。それは自分の息子と義娘、

つまり良太の両親も例外ではなかった。

さらに悪い事に、その頃王家では椿も家族と死別していた。

良太に構うより、どうしても椿の事、国の事が優先された。

そして、それを放棄するには肩に圧し掛かる責任は重すぎた。






「お爺様は今でも最強ですか?」


沈黙を破ったのはマサハルの唐突な質問だった。

珍しいと思いながらも孫の問いに、一片の嘘偽りなく幻斎は答える。


「わしも老いた。弱くはなっておろうが、若い者に負ける気はせんな。

 しかし、お前からそんな問いを受けようとはな。明日は槍が降るか?」


現役の時は、四刃が同時に掛かろうが返り討ちにする事が出来た。

年老い、戦う機会も減った今では全盛期は望むべくもないが、

戦う機会、鍛錬する時間が減ったのは執務に追われる彼らとて同じ事。

4人同時はともかく、1対1でなら現役最強と言われる石橋飛翠とて一蹴できるだけの

自信はあった。


「私としては、どっちが強いかなんてどうでもいいんです。相手が強いなら、

 どうやって倒すかを考えればいいのですから。

 しかし、民は目に映りやすい、分かりやすいものをとかく求めます。

 政務、治政にかけて誰も及ばない女王椿の横に立つ夫が無能ではちょっと面倒なんですよ。」


面倒くさそうに、心底どうでもよさそうに答えるマサハル。

その表情は若干ではあるがふてくされていた。


「ふむ・・・確かに一理ある。わしも不遜ながら生きて人々から神の名を与えられるとは

 思わなんだしな。しかし、ただ強いだけの者など平和の世には無用と言ったのは

 かつてのお前ではないか?それに本音を全て語っているようには見えんがな。」


宴の最中にもマサハルが何かに悩んでいる事が幻斎にも見て取れた。

ミコト達と話している時も笑顔を見せてはいるものの、何かが引っ掛かっているように思えた。

時々しか見てやれなかったものの、祖父と孫の関係である。

多少の癖はすぐ見抜けるようになっていた。


「私にもはっきりとは分かりません。されど、強いて言うなら・・・」


観念したかのように溜息をつくマサハル。ポツリポツリとためらいながら話していく。

その表情は悪戯が見つかった子供のようでもあった。


「父親としての意地ですかね・・・椿や刹那には情けない所は見られているので今更です。

 ただ、ミコトとアスカ、それに今後生まれてくるだろう子供達には少しは格好いいところを

 見せたいかなとは思うんですよ。

 それがただ腕っ節が強いとかではないのは分かってはいるのですが、

 漠然としすぎてて悩むだけでは埒が明かないんですよ・・・。ですから。」

 

マサハルは表情を整え、真剣な眼差しで幻斎に向き直る。

その目は澄んではいるものの挑戦的でもあった。


「ですからお爺様。私と勝負してください。今日はそのために来たのです。」

「面白い。お前の得る答え、楽しみにさせてもらおう。」

15話目です。

我ながらよく投稿が継続したなと感心しております。

これも皆様の暖かい励ましのおかげです。

PVが約20万、ユニークが約3万。

すっごく嬉しいです。

ありがとうございます。


次回は初の戦闘描写があります。

さてさて、上手く書けるやら・・・

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