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小さな飯屋の繁盛記  作者: 大原雪船
第1部
14/55

14話:マサハルの決断(中編1)

陶器に盛られた飯の上に黄みがかったトロみのある汁がかかっていた。

香ばしく魅惑的な匂いの汁の中には野菜や肉がゴロゴロ入っており、

ずっしりとした質感を醸し出している。

ヒノモトでは今までなかった料理であった。


「はやくはやく~。」

「もう待ちきれないぞ!!」


朝から一日仕事で作った料理を食べる瞬間を今か今かと待ち望み木匙を振り回すミコトとガウ。


「人参しゃん嫌い。」

「好き嫌いしないの。父様がせっかく作ったんだから、きっと美味しく食べれるわよ」


嫌いな野菜をみて涙目になるアスカと胡坐をかきアスカをひざに乗せながら嗜める刹那。


「変わってはおるが悪くない匂い。また面白き料理を考えたものだな。」


飯は皆が揃ってからという事で、上座に座り先に酒を飲みだす椿。


「やれやれ、ワシにまで毒見をさせるとはいい度胸じゃな。え?良太よ。」

「お褒めに預かり光栄ですよ、お爺様。」


最後の器を盛り付けるマサハルとその器を受け取る老人。

彼こそは大久保邸の主人であり何度も名前だけは登場したマサハル、

大久保良太征遥の祖父にして、

ヒノモト最強の武人の伝説を欲しいままにした大久保幻斎その人であった。


ここに、マサハル試作料理の審査員の全員が揃った。


「いただきます。」

「「「「「「いただきます」」」」」」


最年長者で家の主人である幻斎の合図で宴が開始される。





掬い上げられた木匙を口に含む。

長時間煮込まれたことで具材は柔らかくなり、肉は適度な弾力を残し、

野菜はホロリと口に解け

肉独特の臭みが消されると共に熱することで引き出された肉の旨みと野菜の甘みが

口一杯に広がる。

また汁自体も独特の辛さ・苦味・香ばしさ・甘みなどが複雑に入り混じり、

それらを白い飯がどっしりと受け止めると同時に米飯特有のほんのりとした甘さを出す。


「おいしいよ~♪ご飯が進むよ~♪」

「ははは、何杯でも食えるぞ!!」

「父しゃまの方がやっぱりお料理が上手。人参しゃんも食べれる。」

「ぐ・・・事実だけに、事実だけに否定できないけど、女としてはやっぱり腹が立つわね。」

「ん。もう少し辛口の酒の方が合うのかも知れんな。しかしさすが良太。褒めて取らす。」

「わしとしては、このとろみがお前の心尽くしじゃと思うな。汁かけ飯も武士なら構わんが、

 ミコトとアスカには行儀が悪かろうて。」

「さすがお爺様、そこを見抜かれましたか。何故か麦の粉がとろみを付けるのに

 都合が良かったので利用いたしました。味にも然程影響がないように思われましたしね。」

 

一心不乱に食べる者、酒を片手にじっくり食べる者、料理を評しながら会話する者と

皆バラバラであったが、料理の評価は一致して上々のものであった。


飯、汁、野菜、肉とボリュームのある内容であったが、

香りと適度な辛味が舌と鼻と胃を刺激し、

何杯でも食べられるような錯覚に陥らせる。

事実、ガウは3杯目、刹那と椿は2杯目に突入していた。


「旨い事は旨いが、ちょっと物足りない気もしてきたぞ。」

「ミコトとアスカの舌に合わせましたからね。そうだとは思ってましたよ。」


マサハルは懐から小さな瓢箪を取り出し、ガウに手渡す。


「ちょっと掛けて試してください。」

「どれどれ・・!?また味が変わったぞ。辛くなったのか??」

「これは・・・唐辛子か。暑くもないのに汗が流れるわ。」

「辛味が増して食欲がわくわね。食べ過ぎて太ったらどうすんのよ!?」

「いや、一応責任は取ってますからね。」


ガウから瓢箪を受け取り、中身を確かめる椿。手には少量の赤い粉がのっていた。

ガウ、椿、刹那は思い思いに瓢箪の唐辛子を自分の器にふりかけ、

更に食べるペースを速める。


「これは店に出すのか?」

「これ作るのに店の稼ぎの1週間分は消えますからね。とてもお客に出せませんよ。

 ほとんどが薬種問屋に払う薬代ですがね。」

「そんなにかかるのか。しかし薬が味の決め手なぞ、よく考え付いたものじゃな。」

「昔、いくつか薬を飲まされた際に全部一緒に白湯に溶いたことがあったんですよ。

 その時すごい不思議な味だったのを覚えてたんですよ。」

「返答に困る思い出だなそれは・・・。」

「良い事も悪い事も、色んな事を糧にしろと言ったのはお爺様ですから。

 あ、ミコト!!食べてすぐ寝転がるんじゃありません。アスカも真似しない!!」

「「は~い」」


然程食が進んでいないものの、久しぶりとあってか会話を楽しむ幻斎とマサハル。

祖父と孫、そして戦乱を駆け抜けた男と男。時代を共有した二人である。

自然と会話と同時に酒も進む。


「少しは酒を飲めるようになったのじゃな。」

「でなければ、飯屋の稼業は務まりませんよ。」

「ふっ、昔は猪口一杯でつぶれて姫様や刹那の玩具になっておったのにな。」

「そ、それは若き日の黒い思い出です。あまり言わないで下さい・・・。」


旨い酒に旨い食事。それが宴の盛り上がりを加速される。

その夜の宴も言うに及ばず、各人が楽しんだ良い宴となった。


余談ではあるが、マサハルの作った料理のレシピは後に大金と引き換えに

駒鳥屋ヨネに伝えられる。

また同時に、椿は香辛料の国内における栽培と外国との交易の活発化を決断。

当時は高級料理として料亭で扱われたものの、約20年後には香辛料の大量の普及により

価格も下がり次第に庶民の舌を楽しませるようになる。

未来の歴史家達の手により、マサハルは

「丼物、カレーライス、ラーメンなど国民食の原型を発明した謎の人物」として

その正体の探求は研究テーマの一つとして挙げられることになる。

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