12話:密室にて
今回は料理分を含まないシリアスです。
総合評価が一気に上がりました。
レビューやたくさんのお気に入り登録ありがとうございます。
この場をお借りしてお礼申し上げます。
ヤマトにそびえる城内。
その一室にて四人の男女が神妙な面持ちで輪を囲み座っていた。
その中には石橋飛翠の姿もあった。彼らは総じて四刃と称される者達。
ヒノモトの舵を取る首脳陣であった。
「さて、報告を聞かせてもらおうか。」
一際大柄の男-斉藤富嶽が重々しく声を発した。装束がはちきれんばかりの
筋肉を纏った威厳ある顔の持ち主である。
「俺の管轄はとりあえずは沈静したといって良い。後は統一後3年分の洗い出しだ。
その処遇に関しては、お前達の助言も貰う事になると思う。よろしく頼む。」
疲れきった顔で報告をする飛翠。事実、4人の中で最も仕事量の多かったのは
治安を受け持つ彼だった。報告書を持つ手にも震えが出るほど疲労は困憊していた。
「うちは特に問題はないわ。口利きでの不正な入校は出来ても甘っちょろいのは教練で
淘汰されるだけ。淘汰されないって事は基準には達しているから問題なくあんた達に渡せる。
配属時の相性で多少の閥が生じるのは否定しないけど、教官が厳しく仕込んでるからね。
後々に響く事は少ないと思うわ。そもそも、今回の用件は元々仕官していた人間が
起こした事だから良い反面教師が出来たと言っておくわ。」
快活な口調で自論を展開するは大久保刹那。教育を担当する彼女の顔に疲労はない。
規律が厳しく定められた学内での不祥事はなく、教官も識見に富んだ人物ばかりであったので
問題の影響が少なかった。
「私の管轄は政令に関しては問題なく行われていた。最も、違和感があれば
すぐにばれていただろうがな。だが人事・資金の面でかなりの作為が見られた。
これはすぐに対処できる問題ではない。部署を刷新するにしろ混乱が生じ、
政事が滞るからな。時間はかかる。」
怜悧な美貌で淡々と述べるのは斉藤琴音。政務はその大部分が女王椿の直轄するものであり、
その補佐に過ぎない彼女ではあったが小さな犯行の積み重ねで件数が一番多かったとはいえ、
椿の指示によるルーチンワークをこなしていただけのため負担が予想より少なかった。
「わしの担当は全く問題なかった。」
3人の報告を受け、疲れたように自分の発表を行う富嶽。軍事に関しては全く影響を
受けなかったために、他の者が真相究明に当たっている間、椿と連携して全ての部署の
現状の対応に奔走していた。
「うらやましい限りだよ。」
「うちの旦那の薫陶厚き連中だからね。」
責めるように呟く飛翠とは対照的に自分の手柄のようにうれしそうに胸を張る刹那。
「一罰百戒の件があったとはいえ、ここまで規律が行き届くとは正直わしも想像できんかった。」
「あの馬鹿でも役に立つような事があったのだな。」
ため息をつく富嶽と機嫌が悪くする琴音。
彼らの脳裏には一致してある人物が浮かんでいた。各人思う所があるのか空気は重くなる。
場を変えようと話題を切り出したのは飛翠だった。
「そういえば東はどうだったんだ?」
「全く問題ない。信奉者と奴の怖さを知る者達で固めているんだ。魔がさす暇さえないだろうな。
返書をもらったが、文官共があからさまにこちらを馬鹿にしてたぞ。お膝元でそんな問題
起こして恥ずかしくないのか。負担が大きいならいつでも変わってやるとな。」
返事をしたのは琴音。不機嫌だったのがさらに悪化したのかギリギリと歯軋りさえ
聞こえてくるようである。
「まあ、あの連中と合わないからってそう仕向けたのもあんただからね。同情の余地もないわ。
富嶽の手前、言いたくはないけど補佐すら出来てないんだから自業自得もいい所よ。」
刹那は火に油を注がんばかりに言い立てる。琴音をみる目は剣呑だ。
刹那と琴音はお互いの事を認め合っており、私的にも仲が良い。しかし、ある一点においては
致命的なまでに対立しあっている。それは刹那の夫である大久保良太についてだった。
上記の言動には自分の夫が遠地にいて、離れ離れになっているのに向こうは夫婦揃って
仲良く仕事をしているという私的な恨みも含まれている。それを理解しているからか琴音は
ふいっと顔を背けるだけで何も言わない。
その態度がさらに刹那を刺激する。
「おいおい、落ち着けって。言いすぎだぞ刹那。」
「琴音も挑発するな。良太殿の事はお前も認めておるだろう」
どんどん悪くなる空気に耐えかねたのか慌てて男性陣が二人をなだめる。
飛翠にとっては何度も見た光景だった。統一前には、戦があった頃にはない光景だった。
そこにあるはずのピースが決定的に欠けていた。
今は東に赴任している大久保良太。彼は5人の中ではリーダーではなくむしろ弄られ役に
位置していた。
彼だけがなぜ東にいるのか。それは統一前の大久保家の強大さと本人の資質について
述べなければならない。元々、大久保家は大久保幻斎が一代で興した新興勢力だった。
軍でさえ手の出せなかった妖魔の討伐や東の勢力との戦の手柄により先々代の統治者の
信頼を勝ち取り、次第に大きな権限を得るようになった。
その幻斎の雄姿に魅かれ優秀な人材が国家ではなく大久保家に多数集まるようになり、
大久保家は栄えた。
また、孫の良太は個人の武勇の才は幻斎はおろか四刃にも劣り一時期は
「大久保家の落ちこぼれ」と言われたものの、戦の采配や将としての器量は幻斎より
遥かに優れていた。軍に略奪暴行は死罪という非常に厳しい規律などを課し、
事によっては重臣にさえ容赦せず族滅を言い渡す恐怖と仕事や手柄を
公正に評価する人望によって武官を統制した。
加えて自分に出来る事出来ない事を把握しそれを補佐する人材を手厚く遇した事から
文官のみならず異能の技術を持った忍びなどの忠誠を勝ち得たのである。
結果、主君たる王家を上回る実力を兼ね備えてしまい様々な場面で軋轢を生んでしまった。
それでも2人は王家に厚い忠誠を誓った。結果、統一後に幻斎への捨扶持分の領土を除く全てを
王家に返上、組織を一つに纏め上げたのである。
統一後の課題の中でも重要な懸案事項は当然、元は敵地の東の地の統治についてであった。
緊急時に独自に行動できるだけの才覚、反乱を抑制し民が納得して従うだけの名声を
兼ね備えた者、それは“武神”としてヒノモト中の尊敬を集めたまま引退した幻斎を除けば、
敵地の王にもっとも評価された人物、「戦極めし者」良太だけであった。
これに条件を付けたのが斉藤琴音だった。椿を心の底から尊敬する彼女に私心はなかった。
しかし、東の地に大きすぎる独自勢力が存在する事が新たな戦乱に繋がるのではないかと
懸念したのである。よって彼女は良太の赴任に対して家人は本人のみ、随行する人員は
大久保家の人員でいうと約半分に限定したのである。これには旧大久保家のみならず
四刃からも反対意見が噴出。椿の仲裁と良太本人の承諾がなければ余計な騒動が
巻き起こるところであった。
良太は随行を強く望む者の中から自分の苦手な政務を担当する文官を中心に選抜。
最低限の元国軍の兵のみを率いる事で翻意がない事を証明すると同時に権力や戦力を
ヤマトに集約させ不満分子を隔離させる事に成功したのである。
この経緯から四刃、とりわけ琴音と東に赴いた旧大久保家の文官において緊張状態が発生。
とはいえ彼らは圧倒的な業績をもって将来的に琴音を現在の地位から引きずる降ろす事を
選択したため国の乱れには繋がらなかった。
不安要素は残るものの直ぐに対処が必要な事態にはならなかったのである。
「まぁ、これでも食べて落ち着こうぜ。」
険悪な雰囲気を払拭すべく飛翠が差し出したのは稲荷寿司。
「・・・いただこう。」
「分かったわ。」
不承不承うなずき稲荷を手に取る女性陣。
甘辛い煮汁を十分染み込ませた油揚げと程よい甘さの寿司飯。
その柔らかい旨さに一口食べた途端、貪るように次々と手を伸ばす。
「これは例の店主の物か?」
「ああ、そうだ。」
「見事な味だ。それにあの一件を暴いた眼力といい本当に軍学校に招いてもいいんじゃないか?」
「嫌がってなかったら、今回の件はなかっただろうさ。」
「ふむ、それは道理だ。」
マサハルの作った稲荷寿司に機嫌がよくなったのか琴音も饒舌になる。
刹那は特に会話に入らず一心不乱に黙々と食べ続ける。
「刹那。そんなに食べると太るぞ。私が処分してやるから安心して残すがいい。」
「琴音こそ最近腹の周りが気になるって言ってたじゃないの。ただでさえ政務で
身体を動かさないんだから、遠慮したほうがいいわよ。」
さっきまでの空気はなんだったのか、穏やかな様子で稲荷寿司を取りあう二人。
その様子に場をしのぐ事が出来たと男性陣もホッと胸をなでおろす。
まだまだ課題も多く悩みの種もつきないヒノモト首脳陣。
彼らの不安が払拭されるのは、まだ先の話である。
書けはしたものの重かったです。
固いと自認する文体がシリアスのせいで余計に固く感じられました。
今回出て来た四刃はどれも重要人物です。
果たしてその設定を活かす事が私に出来るのか。
今からとても不安ですww