11話:夫婦
今回は奥様登場で恋愛シーン(?)を出してみました。
恋愛シーンって難しいですね・・・
桜色の着物を身に付けた女性が夜道を歩いていた。
艶のある黒髪と整った目鼻立ちをした目の覚めるような美女である。
女王ツバキのお膝元として治安が良いヤマトでも、ごろつきやチンピラなどは存在した。
当然の事だが、女性が夜道を一人で歩けばそんな彼らの触手に引っ掛かってもおかしくはない。
そんな事になれば連れ去られ毒牙にかけられるのが関の山である。
決して褒められたものではない。
実際に彼女を見つけ、ちょっかいを掛けようとした者は大勢いた。
しかし、彼女には誰も声をかける者はいなかった。
通り過ぎるたびに崩れるように倒れてしまったからである。
そして彼女は何者にも邪魔されることなく悠々と目的地に向かっていくのであった。
その日の営業も無事終わり、片づけが済んだ後の「良庵」。
ミコトとガウは床に入り、マサハルは一人酒を飲んでいた。
酒と料理を出す関係上、酒を口にする事の多いマサハルだが、
然程酒に強いと言うわけではなかった。
帳簿を纏めながら舐めるようにして猪口の酒をチビチビと飲み、その間に翌日の献立を考える。
家事、子育て、仕事などで一日を費やすマサハルにとって、この時間帯が唯一自分の時間を
使える一時であった。
「今日もミコトとガウは頑張ってくれました。おかげで黒字でしたよっと。」
商売っ気をあまり持たないマサハルも店の黒字が続く事は嬉しい事だった。
算術は苦手なので筆は中々進まないが、その時の気分で鼻歌を歌いながら
確実に欄を埋めていく。
「明日は大根と鯖が入ってくる。塩焼きは決定として、大根で何かしたいですね・・・
煮込む?焼く?大根で餅を作る点心があるとヤン殿が言ってましたが・・・・っ!?」
突然ピタッと筆が止まる。マサハルは目を閉じため息を吐き、席を立ち調理場へ向かった
マサハルには人より直感が働く事が度々あった。マサハルを知る者のほとんどが、
その直感に助けられたと語っていた。しかし彼としては自分が臆病な性質であると
自認しており、嫌いだった故にきちんと生き残る準備をしたからこそ激しい戦争を
生き抜いてこれたのだと自負している。
もし自分に直感があるとするならば、絶対に外さないと自慢できる機会。
「おかえりなさい。」
「ふむ、ただいまと言っていいのか?」
マサハルにとって絶対外れない直感の働く機会。それは愛する妻の帰宅時であった。
店内はゆっくりとした時間が過ぎる。
酒をコクリコクリと飲み干す妻。その姿は絵になるほど妖艶であった。
「かぁ~っ!!務めで疲れた身体にひやを更に冷たくした酒は染み渡るな。
さぞかし人気があるのだろうな」
しかし、飲んだ後に吐く言葉はかなり男らしかった。
「こんな手間と金をかけた物、なかなか売れませんよ。
手間がかかるだけならまだ良いんですけどお金がね」
「出来る品と出来ない品、そして出来ても売れない品があるという事か。」
「それが商売ですからね。」
出したのは酒と数品のあて。どれも、どこの店にも出てくるようなありふれた物だった。
マサハルは妻に出した料理にありったけの工夫を施した。
工夫の肝は単純明快。それは氷だった。
ヒノモトにおいて製氷と保冷の技術は決して高くはなかった。
氷も氷室も存在するが、その希少性から氷は一般市場には滅多に出まわる物ではなかった。
そこでマサハルは井戸掘りや山の採掘技術を駆使し、付けのあった大工を総動員し地下深くに
氷室を構築。冬に大量の氷を作り、そこに運び込んだのである。
氷があると出来る事が増える。とりわけ大きかったのは食材を保存する事が可能になった事。
特に物が傷みやすい夏場は非常に重宝した。そして不思議な事に一部の食材に関しては
旨味が増した。
もう一つは、冷奴や冷たい汁物など料理のレパートリーが増えた事。
「冷たい料理が一層冷たく」。これがヤマトの住民に大受けした。
マサハルの工夫はそこで終わらない。
ヒノモトの酒でひやは常温を意味する。それを氷室に持ち込んでさらに冷たくする。
その際に持ち込む酒とひやで用いる酒は全く味の異なる物を採用した。
冷たくする酒は雑味の少ない、いわゆる「きれいな酒」を酒屋に特注。
その澄んだ怜悧な味わいは酒好きを唸らせるのだが、さすがの「良庵」でも
特注の酒に安い値段を付ける事は叶わず常連達も年に数回呑めるかと言う程の幻の逸品だった。
「冷たい酒に、この熱い天ぷらがまた合うな。鳥や野草が何時もと違う味をしている」
「疲れてるでしょう?しっかり食べてもらわないと心配でなりませんよ。」
「その騒動の大元が何を言うか。お前と会うなら殴っといてくれと言う奴もいたんだぞ。」
「それは勘弁してくださいよ。っと、次が揚がりましたよ。」
苦笑いしながら差し出す天ぷらにも工夫がある。
粉を溶く水は氷室で冷やす。それがあげた際にサクサクと軽い食感を演出する。
天ぷらに付ける塩も舌がなじみやすいように磨り潰してさらに細かくする。
冷えた酒が衣の油っぽさを程よく洗い流し熱の通った食材の旨味と調和する。
揚げる食材もドクダミなどの野草や鶏肉、南瓜など疲労回復に良いとされる物ばかりであった。
一口食べるたびに表情を変える妻の顔を見てマサハルの顔もほころぶ。
美しい妻と共にいる事がマサハルの幼い頃からの望みだった。そして子供も出来た。
お互いの考えている事は言わなくても大抵分かる結び付きが深く、
両親のいないマサハルを妻は母代わり、姉代わりとして育ててくれた。
しかし、別れて暮らしているのが現状だ。妻も理解している。
共に暮らす事、それはマサハルにとって得る物と失う物が大きすぎ、なかなか決断に
至らなかったのである。
「あの頃に比べて良い顔をするようになった。」
ポツリと妻がつぶやく。
「その様子だと心の底から楽しいと思えるようになったのだな。」
「そうですね。やっぱり料理が好きなんだなと実感してますよ。」
スッと妻の持つ猪口に酒を注ぐ。頬には朱がさし、猪口を傾ける姿は
マサハルから見て妖艶さを増していくように思えた。ぼおっと見蕩れてしまう。
「ふっ・・・お前も男だからな。我も罪な女よ」
「からかわないでくださいよ。」
心中を見透かしたからか酒が入っているからなのか、ここぞとばかりにマサハルをからかう妻。
ほれほれと着物を微妙にはだけてみたり、胸の谷間を見せたりで狼狽するマサハルを楽しむ。
昔から上下関係は決まっていた。下のマサハルもそれを然程気にすることもなかった。
何年経とうと変わらない時間と関係。それが二人の世界を作っていた。
その後も店の事やミコトの事で二人の会話は盛り上がる。
酒の入った徳利が何本か空いた頃、妻がマサハルに尋ねる。
「そろそろじゃないか?」
「・・・ごめんなさい。まだ時期尚早なんですよ。」
「そうか・・・」
それだけで意思が通じ合う。そろそろ戻って共に暮らさないかという意味である。
決して夜の生活のタイミングの事ではない。
別れて暮らす事を提案したのは妻だが、意外な事に戻る事を拒否しているのはマサハルだった。
「好きにするが良いさ。お主が納得するまでとことん追えば良い。ミコトにも見せたい物を
見せればいい。されど終わりは否応なく来てしまうのだからな。」
「ごめ「謝るな。」」
「謝らないでくれ。本当はお前達と四六時中共にいたい。お前が愛しい。ミコトが可愛い。
血が繋がってないとはいえ、アスカも我が子。あれの寂しがる姿を見るのもやるせない。
じゃが今を捨てる事も許されまい。それが我の運命であり限界なのだ。」
マサハルにとって妻の悲しむ顔を見るのは昔から死ぬほど嫌だった。
しかし、現在悲しませているのが自分だというのは苦しかった。
妻の言う運命や限界は幾らでも破れると思っていたし、事実それだけの力を備えていた。
しかし、それは己にとっても妻にとっても重要な存在でもあった。結局は取るべき道は
最初から一つだという事も分かっていた。
見る人が見れば妻の言葉は泣き落としでもあった。
「分かって言うのは卑怯ですよ?私がそんな器用な道を取れない事を
一番よく分かってるでしょう。」
「くくっ・・・確かにな。」
「はぁ・・・どの道、戻るつもりではありました。今宵が良い切っ掛けかもしれませんね。」
「おいおい、時期尚早と自分で言ってたではないか。」
「すぐに戻りません。まぁ、最後に我侭を言いますがね。私も大変でしょうがそれ以上に周りが 混乱するでしょうねぇ」
「・・・その時はお手柔らかに頼むぞ?」
そう言って妻は階段を上っていった。愛娘の姿を見るためである。
マサハルはというと、大急ぎで天ぷらと握り飯を拵える。数は10人分。
時間は多少かかるだろうが、妻はミコトの髪をなでたり、頬をプニプ二と突付いたりで
しばらく過ごすのが定番だった。
竹筒には水を入れ、握り飯は竹籠に天ぷらは笹の葉に包む。
それらを大きな風呂敷に包み込み、固く何度も結ぶ。
風呂敷をもって店の外へ出ると、おもむろに屋根に向かって放り上げた。
落下を確認せずにマサハルは店内へと戻っていく。
風呂敷は綺麗な放物線を描き、落ちる音を発すること無くパッと掻き消えた。
やがて満足したのか妻が降りてきた。
「出してくれたのか?」
「一人分かりやすいのがいましたが新参者ですか?」
「さあな、誰が未熟か我には分からぬよ。」
「それはそうですね。ところでミコトも大きくなったでしょう?」
「ああ、ミコトの可愛い寝顔も存分に拝見した。」
「今宵はお帰りで?」
「馬鹿者!!相変わらず鈍いなお前は。夫婦の睦みに決まっておるだろう!!」
馬鹿だの鈍いだの言われても、この辺の妻の思考を読み取る事はマサハルには
なかなか難しかった。時々妻は自分の都合を考えず平然と巻き込んでしまうからである。
「明日も店はあるんですがね。」
「我は休みだ!遅くまで寝るぞ。その後はミコトと遊ぶとしよう。」
「・・・まぁ、いつもの事ですか。」
「ふふふ、今夜は寝かさんぞ。」
「いつも堪忍してくれって言うのはツバキじゃないですか」
溜息をつきながらも妻の体を抱き上げマサハルは寝所に消える。
マサハルという名前は、彼にとって本当の名前ではない。
本当の名前である「征遥」をもじったものである。
妻の名前は椿。正真正銘、ヒノモトを統べる女王。
マサハルの本当の身分。それは王配あるいは王婿と呼ばれるものであった
あっさりとした身分バレ。
けど、これ以上引っ張るのも億劫でした。
私の不徳の致す所です。
そんな作品を見捨てずにお気に入り登録をいただいた方々、
まことにありがとうございます。
おかげさまで100件を超える事ができました。
これからも精進していきますので、皆様よろしくお願いします。感想もお待ちしております。
最後に、一言。
串かつにビール、天ぷらに冷酒。
それが私のジャスティスですww