完成されつつあるこの世界で
未完成なままの部屋が、やけに落ち着く日がある。
床に置きっぱなしの段ボール。
畳みきれていない服。
中途半端に開いたままのノートパソコン。
全部が途中で止まっているのに、
その途中が妙にしっくりくる。
昔は、こうじゃなかった気がする。
何かを作るとき、途中なんて見せるものじゃなかった。
完成してからが勝負で、不格好な部分は全部削って、
整えて、均して。
綺麗なところだけを人に見せる。
それが当たり前だった。
けど今は違う。
画面を開けば、いくらでも完成されたものが流れてくる。
音楽も、絵も、文章も、料理も。
少し指を動かせば、上には上が無限にいて。
その頂点みたいなものを、簡単に覗けてしまう。
それが、どうしようもなく厄介だった。
何かを作ろうとするたびに、頭の中にそれらが浮かぶ。
「あれに比べたら」
「これじゃ足りない」
そうやって、自分の手を止める理由ばかりが増えていく。
完璧じゃないものは出すべきじゃない。
そんな考えが、いつの間にか染み付いていた。
だから何も出せなくなる。
何も始められなくなる。
完成していない自分が、恥ずかしく思えてくる。
ある日、部屋の電気をつけたまま床に座っていた。
やることはいくらでもあった。
片付けも、買い物も、連絡も。
けど、そのどれにも手をつけないまま。
ただ明るい部屋で、散らかった景色を見ていた。
ふと、その中に途中のものばかりがあることに気づいた。
読みかけの本。
途中までしか書いていないメモ。
開けたけど使い切っていない調味料。
全部、完成していない。
でも、それらは別に失敗じゃなかった。
むしろ、それぞれにその時の自分がちゃんと残っていた。
読もうと思った瞬間。
書こうとした思考。
作ろうとした気持ち。
どれも未完成だけど、確かに存在していた。
それを見て、少しだけ思った。
もしかして、
未完成ってダメな状態じゃないのかもしれない。
ただの途中なだけで。
そこにはまだ続きがあっていいし。
続きがなくても、それはそれで一つの形なのかもしれない。
完璧なものって、確かに美しい。
でもそれは、誰かが何度も削って、何度もやり直して。
たどり着いた結果でしかない。
そこに至るまでの、不格好な部分は。
全部見えなくなっているだけだ。
もしその途中を全部並べたら。
たぶん、ぐちゃぐちゃで、バラバラで。
とても人に見せられるようなものじゃない。
でも本当は、そこにこそその人の全部がある。
未完成な音。
歪んだ線。
まとまっていない言葉。
それらが重なって、やっと一つになる。
それなのに、途中を飛ばして完成だけを見てしまうから。
自分の未完成が、やけにみすぼらしく見える。
部屋の中を見渡す。
片付いていない。
整っていない。
でも、全部が今の自分だった。
完璧じゃないまま、ここにある。
それでいい気がした。
むしろ、その方がちゃんと生きている感じがした。
綺麗に整えられたものより。
少し崩れているものの方が、温度がある。
形が揃っていない方が、呼吸している感じがする。
電気の白い光が、部屋の隅まで照らしていた。
影になっていた場所が、全部見える。
その中にある不格好さも、全部そのまま浮かび上がる。
でも、もうそれを隠そうとは思わなかった。
未完成なままでいい。
不格好なままでいい。
それは、まだ終わっていないってことだから。
終わっていないものには、続きがある。
そして、その続きは。
きっと完璧じゃなくてもいい。
むしろ、その歪みごと。
味になっていくんだと思う。




