第8話:ハンガロリンクの逆光
ハンガロリンクのコントロールタワー。冷房の効いた放送ブースの中で、実況席のマイクが熱を帯びていた。
「オッラアア! ハンガリーの熱い風を感じているか、アミーゴたち! 実況のアルバロ・ガルシアだ。そして今日のゲストは、この退屈なAGPをショーに変えた張本人、ニック・ザ・ブロードキャスターだ! ニック、予選からこのリソースの上がり具合、どう見ている?」
ニックはド派手なピンクのスーツの襟を正し、ARグラスの奥で不敵に笑った。
「ハロー、アルバロ。見ての通りさ。世界中の観測者が、今この瞬間にノイズを撒き散らす鉄の箱に注目している。最高だと思わないか?」
モニターには、予選終了間際のグリッド順位が映し出される。誰もが目を疑うような、ある種「悲惨」な下位打線。
「エデンの『乱菊』は……最後尾の20番手! 最短ラインを無視した蛇行、無意味なタイヤスモーク、そして意味不明な顔文字送信! 演算リソースをすべて愛嬌に振り分けた結果、速さは完全に置き去りにされました!」
「ハハハ! 効率の悪い走りだ。だがアルバロ、見てみろ。パッション・メーターは彼女が縁石を叩くたびに跳ね上がっている。19位のモンスター君も、乱菊の支離滅裂なライン取りに蓋をされ、計算が狂ってコースアウト……。結果として、二台揃ってフロントローから最も遠い場所へ沈んだ」
「なんという不条理! モンスターはマシントラブルも重なり、フラストレーションを爆発させたまま最終セクターで停止! 優勝候補が、エデンの乱菊という名の巨大なバグに道連れにされた形です!」
「最高じゃないか。嫌われれば嫌われるほど、リソースは集まる。……皮肉なもんだ。最速の皇帝たちが遥か前方で孤独な数学を楽しんでいる間、最後尾ではこの乱菊が世界中の視線を独占している。バズらない速さに、価値はないんだよ」
ニックは上機嫌で、真っ赤に燃え上がる集計タブレットを叩いた。
「……AGPの歴史上、最も遅く、しかし最も目が離せない最後尾列が誕生しました! さあ、ニック。この予選の結果を受けて、決勝ではどんな地獄、いや、極上のショーを見せてくれるんだ?」
ニックはモニターに映る紫色のマシンを見つめ、最高に下品で魅力的な笑みを浮かべた。
「最後は愛嬌、だろう? ……世界中の度肝を、もっと派手に抜いてやろうじゃないか」




