第2話:狂い咲くバズ
AGP運営本部が置かれたモナコ。そのプレスルームを支配していたのは、あきらめに似た沈黙と、隠しきれない欠伸だった。
壇上に立つのは、数時間前に新たにプロモーション責任者と発表されたばかりの男、ニック・ザ・ブロードキャスターだ。
「……ハロー、退屈を愛する諸君! 諸君の計算機は、今夜、誰かに愛されているかな?」
ニックが放った第一声に、最前列の記者が怪訝そうに眉を寄せた。
「ニック氏、我々が聞きたいのはそんな抽象的な話ではありません。AGPの視聴率は今や草レース以下だ。自動車メーカー各社も、もはやここを『高価なテストコース』としか見ていない。この死に体となったカテゴリをどう立て直すつもりですか?」
ニックは、片目に装着したピンク色のARグラスを指で軽く叩いた。
「立て直す? 違うな、ベイビー。俺はここを『爆破』しに来たんだ。今のAGPは、美しすぎる数学のノートだ。だが、誰が他人の計算式を見て興奮する? 必要なのは答えじゃない。……狂気だ」
ニックは壇上のコンソールを操作し、背後の巨大スクリーンに図解を投影した。
「新レギュレーションを発表しよう。コードネームは『バズ・リソース』。……これからは、観客の熱狂がマシンの出力を決定する」
会場に、嘲笑に近いざわめきが広がった。別の記者が、馬鹿にしたように声を上げる。
「正気ですか? 物理法則を、SNSの『いいね』で書き換えようというのか。それはレースへの冒涜だ。各チームのエンジニアが、そんな非論理的なルールを飲むはずがない」
「飲ませるさ。なぜなら、それが唯一の『燃料』になるからだ。……いいか、諸君。これからのAIは、最短距離を走るだけじゃ勝てない。観客を酔わせ、怒らせ、熱狂させ、リソースをもぎ取らなきゃならないんだ。……毒を吐け、花を撒け、そして媚びを売れ。バズらない速さに、価値はない!」
「そんなものはサーキットの汚物だ!」
記者の怒鳴り声に、ニックは最高に下品で、最高に魅力的な笑みを浮かべた。
「汚物? 結構じゃないか。その汚れこそが、かつて人間同士のレースに求めていた何かだよ。……さあ、諸君。諸君のペンで、世界に伝えてくれ。AGPは今日、最高の『劇場』に生まれ変わったとな!」
ニックの哄笑が、冷え切っていたプレスルームを無理やり加熱していく。
その様子を、エデンのラボで、胃薬を握りしめたサトカンと俺は、ただ呆然と見つめていた。




