第24話:ジル・ヴィルヌーヴの雨
モントリオールの空は、予報通り漆黒の雲に覆い尽くされていた。叩きつけるような雨がアスファルトを鏡のように変え、激しい水飛沫が視界を奪う。
「オッラ……いや、失礼。実況のマーク・レムケです。解説は昨日に引き続き、現役レーサーのニコラスさんです。ニコラスさん、この急激な天候悪化、プロの目から見てどう映りますか?」
「これ、本当にスタートできるんですか? 視界ゼロですよ」
ニコラスの懸念に、マークが手元のタブレットを操作する。
「規定では定刻通りのスタートですが、全区間VSC制限下での発進となります。基本がEVのマシンたちですから、この雨量だと漏電リスクによる赤旗の可能性も高い。ですが見てください、今回からアプリとAR機能で、仮想のセーフティカーがコース上に投影されています」
グリッドに並んだ20台のライトが、霧の中で不気味に明滅する。
〇〇〇〇〇
・・・・・
◎◎◎◎〇
◎◎◎◎◎
――ブラックアウト。
咆哮はない。全車、仮想セーフティカーの先導に合わせ、慎重な足取りで静かに滑り出した。
「さあレースは3周目、VSC・イン・ディスラップ! 制限が解除されます! おっと、加速の瞬間にホイールスピンを喫するマシンが続出している!」
水膜に足元を掬われ、のたうつ鉄の群れ。その混乱が運命に達したのは7周目のホームストレートだった。
「ああっ! 7周目、ジェントルと後方の13号車が接触! 強引に追い抜きを掛けた13号車に追突されました! 雨でセンサーの精度が落ちていたのか? 13号車はそのままウォールに激突、リタイアです!」
再びVSCが発動される。ジェントルはリアにダメージを負ったまま、命からがらピットへと滑り込んだ。
「ジェントルのダメージが心配ですね。……あれ?もう出てきました。ダメージは軽微だったのでしょうか。……おっと、ピットアウト直後、本線への合流がうまくいかず後続を妨害! 審議の結果、ペナルティ加算です!」
「……まさに踏んだり蹴ったりだ。ですがマーク、なんでしょうか、この既視感は……」
ニコラスが記憶の底を弄る。かつてこの地で、同じように不運を積み重ねながら最後尾へ沈んでいった誰かの影を。
29周目。雨脚はさらに激しさを増し、コースはもはや川と化していた。
「さあいよいよ雨が強くなってまいりました! 画面が真っ白だ!」
「マシンも心配ですが、AIはどこまで対応できるんですか? センサーが路面を読み取れなくなったら終わりだ」
「ええ、いよいよ物理的な限界です! レースコントロールから指示が出ました、赤旗中断! 全車ピットロードへ戻ります!」
静まり返る雨のサーキット。
最後尾付近まで順位を落としたジェントルのログには、余分な思考ログが優先的に消され、白く冷徹な計算が、静かに、そして確実に刻まれ続けていた。




