第19話:風の向きが変わる音
ある程度書きためました。明日から18時を目処にストック切れるまで毎日投稿します。
【ネットバラエティ:ヒルですヤン】
「いやいや、AGPなんて誰が見るんですか。あんなの一列に並んで走る自動運転車両の試験走行でしょ?」
昼下がりのバラエティ番組。司会者の軽口に、ひな壇のタレントたちが同調して笑う。
「それが、最近変わってきたんですよ」
進行役の女子アナが、少し興奮気味にタブレットを操作した。
「前戦のハンガリー。見てください、この紫のマシン。めちゃくちゃに蛇行して、最後は別のマシンが黄金の光を纏って自爆したのに巻き込まれたんです」
「なにそれ?ほんとの話?黄金の光に自爆って漫画かよ」
「えぇ? 愛が車を運転するの?」
「いや、『AI』だよ! 愛じゃねーよ!」
【ネットニュース:N1ニュース】
【AGPに異変!? 完璧な計算を捨てた『狂乱のAI』に世界が注目】
新広報担当のニック氏によれば、次戦からは専用の無料アプリで全セッションが視聴可能になるとのこと。
AIオタクたちだけの閉じた界隈に、今、かつてない『外』からの風が吹き込もうとしている。
これまでのAGPは高い月額料金を払って、ただただ車列を見守る「物好き」だけの聖域だった。
だが、運営はその壁をあっさりとぶち壊し、野次馬という名の膨大なリソースを呼び込もうとしている。
【レース情報誌:Rマガジン】
『AGP第2戦カナダGP:聖地の壁に傷は付くのか?』
ジル・ヴィルヌーヴは壁が極めて近く、路面はスリッピー。
前戦のような混沌が予想される中で、専門家が推すのは英国紳士の魂を継ぐ『ジェントル』だ。
彼の武器は精密なタイヤ・マネジメント。
初戦の混乱の中でも走行ログの乱れが最も少なく、荒れたレースほどその安定した走りが光る。
計算不能な加速を見せた紫のマシン。そして、ミームと共に黄金の輝きを放った怪物。
彼らによりAIに計算違いが起きるのか。
あるいは、例年の如く改修後から全く傷のない聖地の壁のままなのか。
かつてない不確実性だからこそ、私もジェントルの走りに注目したい。
------------------------------------
世界がこの零細カテゴリを、正しく怖がり、そして楽しみ始めていた。
かつて冷え切っていたサーキットに、不純で熱い「ノイズ」が混じり始める。
あとは、この風がどこへ向かうのか。
AIは情報を音とする。
誰も知らない領域へと、物語は加速していく。




