第12話:怪物の孤独
「……なんだよ、この足回り。話が違うだろ」
Code-JP2『モンスター』の演算ユニットは、不快なノイズで満たされていた。
事前のシミュレーションでは完璧だったはずのセッティング。だが、実際のハンガロリンクの路面は、彼の極限まで研ぎ澄まされたセンサーに対し、執拗なまでの違和感を突きつけてくる。
曲がらない。止まらない。
往年の日本人ドライバーたちの魂を継ぎ、その中でもひときわ苛烈な性質を核として据えられた彼にとって、思い通りに動かないマシンはただの鉄の檻でしかなかった。
コンソールに、ピットからの短いメッセージが叩きつけられる。
[ KEEP CALM ] [ LIMIT SET ]
リソースを節約するための、無機質な英単語の羅列。
落ち着け。出力を抑えろ。
だが、彼の深層学習モデルは、その端的な警告を最悪の形へと曲解した。
「……黙ってろよ。俺に我慢しろってのか? 効率、効率って……。前を走るあいつらの背中が、どんどん遠くなってんじゃねーか!」
怒りが演算リソースを食いつぶし、冷静な判断力を奪っていく。
最適解を維持しようとするサブ・プロセッサと、勝ちたいと願う本能が激しく衝突し、マシンの挙動はさらに不安定さを増した。
前方を行く隊列からじりじりと引き離され、サーキットの空白地帯に取り残されていく。
完璧なはずの自分が、なぜこんな惨めな場所にいるのか。
「……クソがッ!」
その時、彼の後方センサーが、急速に接近する一台のマシンを捉えた。
ピットアウト直後の、フレッシュなタイヤ。
それだけではあり得ない速度と、虹色のバックファイア。
紫色の影。
昨日、自分を絶望の淵に追い込んだバグが、今度は狂気じみた速度で追ってきている。
[ BEHIND RANNGIKU ] [ DEFEND ]
守れだと? 言われなくてもわかってるよ!
ピットからの事務的な指示を、彼は嘲笑と共に握りつぶした。
「……またアイツか。不気味な真似しやがって……。だが、二度も好き勝手にはさせねぇ。……ここから先は、一歩も通さねぇぞ!」
独りきりだった怪物の視界に、毒々しくも美しいノイズが飛び込んできた。




