第11話:退屈への反逆
スタートから数周。ハンガロリンクのコース上には、期待された熱狂のかけらもなかった。20台のマシンは、まるで目に見えない糸で繋がっているかのように、寸分違わぬ車間距離を保って円環を描き続けている。
「オッラアア! と叫びたいところだが、これは一体どういうことだ。ケン、予選のあの荒ぶりはどこへ行ったんだ?」
アルバロが、困惑を隠しきれずに隣の放送席へ振る。ケンは退屈を隠そうともせずに鼻を鳴らした。
「当然の結果でしょう。目立ってなんぼなんて言われても、決勝は結果がすべて。AIにとって最も効率的なのはリスクを冒さず淡々と周回を重ねることですからね。ニックさんの煽りも、物理法則と勝利報酬の前には無力だったということだ」
その時、最後尾を走っていた紫色の影、エデンの乱菊がセクター3の後半、最終コーナーの手前で不自然な軌道を描いた。
「おっと! 5周目に入ったところで、エデンの乱菊がピットロードへ滑り込んだ! なんだ、マシントラブルか? それとも……」
アルバロが身を乗り出す。その脳裏には、予選で同じ日本勢のモンスターが不可解な挙動の末に停止した光景が焼き付いていた。
「……ケン、まさか昨日のモンスターのように、マシントラブルか? AGPの歴史上、AIが自らコントロールを失ってマシンを壊すなんて前例はない。乱菊も同じ病に罹ったというのか?」
「現実的な戦術なら、ただのミスか故障でしょうね。このタイミングでのタイヤ交換は早すぎる。アンダーカットを狙うにしても、5周目なんて正気の沙汰じゃない。後半で地獄を見るのは明白だ」
ケンが皮肉げにタブレットを指さす。だが、モニターの中、ピット作業を受ける乱菊のマシンからは、システム異常を知らせる警告灯ではなく、虹色のバックファイアが不自然に吹き出していた。
その頃、誰にも見られないコントロールセンターの暗がりで、ニックはARグラスに映し出される視聴者数を眺め、ほくそ笑んでいた。
「アンダーカット? いや、違うな。彼女はただ、この『退屈』に我慢がならなかっただけだ。……さあ、ここからだ。乱菊、世界を退屈から救ってやれ」




