第9話 キジンに期待しすぎると状況は悪化しがち ー主人公の異変調査回(参)ー
「志木くんは今いくつ?第一志望はどこなの?」
絹本という男に声を掛けられる度に、ゾワゾワと嫌な感じがする。
例えるなら、まるで見えない目で値踏みをされているような、探りを入れられているかのような感覚だ。
「今は高二で第一は慶葉ですね」
「へぇ……」
黒縁眼鏡越しに、彼の目がスッと細まる。それは笑っているようにも見えるが、何かを見定めているようにも感じる。
ちなみに返答は嘘だ、今は高一で志望校なんてまだ決めてない。たださっきの師匠の『名前も答えない方がいい』という言葉もあり、なんとなくこれも隠した方が良い気がしたのだ。
「あ、ずるい。私も志木くんとお話したい!!」
奇妙な緊張感が漂っていた絹本と俺の間に、その空気を打ち破るように綾住さんが割って入ってきた。
「そもそも最初に声を掛けたのは私なんだから、絹本くんより私の方が優先でしょ」
「ああ、ごめんごめん」
優先とかあるのか……?
いや、それにしても綾住さんが声を上げてから、妙に空気が軽くなった気がするのだけど……気のせいだろうか。
「それじゃあ志木くん、歩きながら話をしましょう」
「はい」
さっきから少し思っていたんだけど、もう綾住さんに案内されることは確定事項なんですね。まぁ一旦絹本から離れられるなら、良しとしようか……。
「ねぇ、それって僕も付いていってもいい」
ナンデスッテ?
「私は別に構わないけども……」
そう言いながら綾住さんはチラリと俺の方を見る。
うぅ正直、絹本の近くにはあまり居たくないけども、たぶん間違いなくコイツは蟲霊と関わり合いのある存在……だから今避けても、また関わる必要が出てくるだろうし……。
俺は不快な気持ちを抑え込んで笑顔を作り、二人にこう言った。
「問題ないですよ」
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問題ないわけがなかった。
俺はあれからキャンパスを案内してもらったわけだが、まぁその最中に何かと絹本が絡んでくる。すると少しづつ気が滅入るというか、なんか気分が悪くなってくるのだが。そこであまり会話に入れていない、綾住さんが俺との間に割って入ってくる。と、なぜか今までの不調が不思議と良くなるのだ。それを何度も繰り返した末に流石に気付いた。
絹本と会話などの接触を続けると何らかの要因で不調が引き起こされ、綾住さんと会話するとそれが解消される。そうとしか考えられない現象が起こっていた。
いや、待って、蟲を操っている疑惑がある絹本はともかく、綾住さんは一体なんなの??
全然分からないんだけど、浄化能力とかあるタイプのお方?もしかして俺のことを分かってて助けてくれてる?
「次は……そうだ学食に行こう!!うちは凄いお洒落なカフェテリアがあるから絶対見て行った方がいいよ!!」
いや……たぶん意識してないよな、今まで会話している感じからも、そういう気配はないもんなぁ。それに引き換え、絹本の方はだいぶ怪しいけども。
そんなことを考えると、絹本がいる方からじわっと嫌な気配が漂ってきた。
うわぁ……。
「私のおススメはガレットかな~。そうそう今は期間限定で桃のガレットもあるんだよ、奢ってあげるからぜひぜひ食べてみてよ」
そんなことを言いつつ綾住さんが笑顔で振り返ると、また今までの嫌な気配が霧散した。
「ありがとうございます……そうします」
理由はよく分からないけど、綾住さんが居てくれてよかった……!!
そしてカフェテリアに着いた俺たちは、綾住さんのおススメの桃のガレットを注文して受け取り、テーブルについた。
その間も会話をしつつ、嫌な気配が漂ったり消えたりを繰り返して、なんやかんやで8割方食べたところで事件が起こった……。
「あ、そうだった!!」
綾住さんが突然一人でそんな声を上げる。
「えーっと、どうしたんですか?」
「ごめん志木くん、実は私これから家の手伝いをする約束だったのを思い出して……だからすぐに帰らなくちゃ」
ん、帰る?天然空間浄化機の綾住さんが……?
「だから後は絹本くんに案内して貰って、ね?」
え…………。
「それじゃあ後はよろしくね絹本くん。それと志木くんも最後まで付き合えなくて悪いけど、バイバイ!!」
そうして綾住さんはあっという間に席を立ち、最低限片づけをするとカフェテリアを後にしたのだった。
あ…………これはまずい。
ゆっくりと絹本の方を見ると彼はまた、本心の知れない笑顔を浮かべて俺の方を見つめていたのだった。
「それじゃあここからは男同士よろしくね」
……タスケテ。
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カフェテリアを出た後。俺は「連れていきたい場所がある」という絹本に連れられて、よく分からないがドンドンとひと気ない方へ案内されていた。
正直ヤバいとは思っている。けれどさっき師匠が握手前に静止してくれたこともあったし、本当にマズい状況になったら、たぶん師匠が声を掛けてくれると高を括って絹本へついて行っていた。
「ねぇ志木くん……」
十分にひと気がない。よく分からない建物の裏側まで来たところで、絹本は振り返り笑顔で俺にこう問いかけた。
「なんで嘘を付いたんだい?」
…………。
「名前も年も、握手もしてくれなかったし、その他も今まで僕の前で言ったこと全部が嘘……正直第一印象は良い方だと思っていたのに悲しいよ」
そこで一瞬目を伏せた絹本は、次の瞬間今までにはない冷たい目を向けてきた。
「するとやはり、うちの可愛い蟲たちに手を出したのも君だろう」
全部バレてらぁああああ!!!!
正確にいうと蟲に手を出したのは、俺じゃなくて師匠だけども。
え、あれ、もしかしてこうなってくると、師匠は俺の様子を見てないなんて可能性も……。
——バーーーカーーー!!
思考を遮るように、割と大き目の師匠の罵倒の声が俺の脳内に響いた。
——なんでもかんでも教えてもらえると思うな、自分で考えなくてもいいなんて考えるなら多少痛い目でも見ておけ、ククッ。
俺が師匠に期待しているのがバレて、ワザと放置されていたのか!?
よく考えれば、そんなことくらい予想が付いたのに…………くそーー!!
自分の判断に猛烈に後悔していると、そんな俺の頭の中では、それを嘲笑う楽し気な師匠の笑い声が響いていたのだった。




