第7話 キジンは割とノリノリで説明する ーキジンさんの霊的説明回(弐)ー
「まずお前が最初に考えたように、蚕の石碑も術の要素として組み込まれてはいる。しかしそれは別に核を成しているような重要なものではなく、あくまでも替えの効くようなものだ」
そうして師匠は一本だけ指を立てる。
「石碑はあくまでも呪術の媒介場所である」
「媒介場所?」
俺がそう聞き返すと、師匠は頷きながら言葉を続ける。
「そう、例えば人間はどうやって感染症に感染する?」
「それは……感染している人に接触したり、その菌がある場所に行って貰ってくるはずですけども」
「呪術に掛かるのもそれと同じで、直接的に人から貰うか、場所から媒介するかの大体二種類になる」
「……つまり石碑に呪術が設置されていたと?」
そんな言葉に対し、師匠はそれを肯定するかのように満足げに笑った。
「石碑には該当の呪術が掛かりやすい、適正のある都合のいい人間に対して作用するような仕掛けがなされていたのだろうな。そうして呪術の掛かった者はシキ、お前の見た蟲柱によって、更に新しい対象へ術を拡大していく算段だったのだろう」
「そんなの、まるで罠じゃないですか……可能なんですか?」
「可能だからこそ、ああなっている。とはいっても、この手の術の設置は何処へでもとは行かないがな。もしそれが可能ならば、人の行き来が更に多い駅なんかの方が効率的だろ」
「た、確かに!!」
師匠の言葉で利用者の多い駅へ、この呪術が設置されたところを想像して、ぞわっとした寒気が走る。
「この手の術はな、あくまでその術に所縁のある場所にしか置けないんだ。だから今回の蟲を使った呪術は、蚕の石碑に置かれていたわけだ」
その言葉に納得して「なるほど」と頷いていた俺だったが、ふと脳裏に疑問がよぎる。
ところでなんで呪術の根幹に蟲を使っているのだろうか?
想像するのも嫌な話ではあるが、もし使ったのが蟲ではなく人間の霊そのものだったりしたら?それこそ人がいる場所の殆どが条件を満たして、その術を設置できそうなものであるが……。
「ふふ、シキ。今お前が考えているその疑問こそ、今回の蟲を使った呪術に関するミソの部分だ」
……たまに思うが、この人……いや人外、あまりにも俺の考えを読み過ぎではないか?
「それはお前の思考が、読みやすすぎるのが悪い」
え、また何も言ってないのに答えてくるじゃん……こわっ。
「まぁシキで遊ぶのはこの辺にして……なぜわざわざ蟲の霊で、人間ではないのか教えてやる」
遊ぶという発言が若干気になるが、俺は渋々「はい」と返事をする。
「虫はな、使い勝手がいいんだ」
「使い勝手ですか……」
「そもそも前提として、虫はそんなに強くない存在だ。現世でもそうだろう?他の動物にとっての捕食対象であり、生態系に置いて底辺に近い存在。霊になってもそこは同様だ」
確かにその通りだ。虫は徹底して弱いイメージがある。語句として虫けらなんてものもあるくらいだし、共通認識として虫がそもそも弱いのだろう。
「弱い故に蟲を用いた術は扱う際の癖が少なくて、とにかく手も加えやすい。だから呪術初心者が使う術に向いているし、失敗のリスクも他よりは低い……だからこそ様々なアレンジがしやすいんだ」
「アレンジって、例えばどんなものですか?」
「そうだな……」
師匠がふわっと宙を撫でるように手を動かすと、青い炎で形作られた蝶が現れた。
「このように蝶が居たとしよう。これは例えで、あくまでも現世に普通に存在する種類の蝶の話だが……そいつを捕まえて生きたまま呪術を込めたとしよう」
「生きたまま呪術を込めることも出来るんですか?」
「ああ、簡単ではないが術者の技量次第ではな」
その蝶はふわふわと俺の側へとやってくる。
「で、その呪術が近くにいるものを不幸にして、精神的にも弱らせるものだとしよう。ちなみに一度でも近づいたら呪術の対象で、離れた後も継続的に効果があるものとする」
「蝶一匹で効果が凶悪すぎませんか!?」
「技術上できることなのだからしょうがなかろう」
俺の周囲をぐるりと飛び回った蝶は、やがて師匠の側へと戻っていく。
「で、その放った蝶を継続的に操る技量まであれば、それ一匹でそれなりの規模の人里を壊滅させることが可能だったりするわけだ」
そうして蝶は師匠が差し出した手へ吸い込まれるように戻ると、一瞬炎を強めてボワッと燃え尽きたのだった。
「まぁ、そこまでするのは流石に準備の手間も掛かるし、それなりの手練れの術者でもなければ難しいがな。まぁ一例としてそういうことも可能という話だな」
え……蝶一匹でそれなりの規模の人里を壊滅させるなんて、最悪すぎませんか?
「ちなみに今言ったようなことは、昔実際にあった話だ」
そうなってくると、まただいぶ蟲術が怖くなってきますよ!?
虫一匹で人里が……うん、考えるのはやめよう。
「さて、蟲を使った術のことが少し分かったところで、シキは蠱毒というものを知っているか」
「一応、知っておりますけども……」
今の話をした後で、蠱毒とはまただいぶ不穏なものを……。
虫を使う呪術としてはかなり知名度がある方だろう。そっち系の漫画なんかだと割と鉄板で出てくるイメージすらある。
蠱毒、元は古代中国の呪術の一種で、大量の虫や爬虫類などを同じ器の中で飼育し、互いに食らわせて最後に残った一匹を使い、他人を呪うものだったはずだが。
「今回の蟲使いの正体はな、強化版蠱毒そのものみたいな存在だ」
「……言っている意味が理解できません」
強化版蠱毒ってなに???
「もっと詳しくいうとならば、本人も別の何者かに作られた蟲霊の集合体だな。そいつが更に蟲霊を操って人間を呪っているわけだ」
「え……つまり、今回の敵は蟲の霊?」
「ただの蟲の霊ではなく、大量の蟲の霊の集合体だ」
「え、えぇ……ぇ」
いや、なんだろう、蟲の霊の集合体ってイメージが……なんというか弱そうじゃない?
確かに気持ち悪さや不気味さも感じるけども、蟲の集合体かぁ。
「シキ貴様、蟲霊を舐めているな?」
師匠から鋭くそう指摘されて、俺はドキッとする。
でも、いや、蟲の霊って言われるとさ……。
「言っておくがソイツはそれなりに手ごわいぞ。蟲霊も数が増えてば厄介で面倒というのもそうだが、存在の核として人間の負の感情を大量に使っているからな」
「え、存在の核として人間の負の感情を?」
俺が思わず聞き返すと、師匠はすかさずこう返してくる。
「そもそも蠱毒の元々の力の根源は、蟲自身の抱いた怨念ではない。そこまでして他人を呪いたい、力が欲しいと執着する人間の強い欲望と、蟲の霊が結びついたからこそ威力を発揮するものなのだ。冷静に考えてみろ、もし虫を殺すだけで虫から恨まれるのなら、常に虫を主食としている動物全般は怨念まみれのはずだぞ?」
た、た、確かに……!!
「なぁシキ、人間の感情というのは、人間自身が自覚しているよりも強い。それこそ、それなりの数を集めれば神を創れる程だ。ならそのような人間の負の感情を呪術の材料にするとどうなるだろうな」
師匠はニヤリと笑いながら、更に言葉を続ける。
「他人への妬み、嫉妬、怒り、恨み、憎しみ……そのような下賤な感情ばかりを大量に集めて一つにしてみたら、一体何が出来上がるか。なぁどう思うシキ」
「…………疫病神でも出来上がりそうですね」
「そういうわけだ!!」
俺の返答に師匠は晴れ晴れとした笑顔で笑う。黒い帯で目隠ししてるから、まぁ目は見えないけども、とにかく凄い笑顔なのは間違いない。
「ソイツは恐らく他人から搾取し、霊的エネルギー視点で見て自分が肥え太ることを目的としている。きっと作られた当初にそのよう設計がされたのであろう」
師匠は上機嫌でうんうんと頷いている。一方で俺は段々と嫌な予感がしてきた。経験上、師匠の上機嫌は、ほぼ大体俺の苦難を意味している。
「と、言うわけでシキ、お前がこれからするべきことはこうだ……人間を搾取して養分にしている疫病神的な蟲使いこと、蟲霊の集合体を退治せよ!!」
悲報、俺、疫病神退治をすることが決定する。
わぁぁあああ嫌だー!!




