思いで
[私は尼のままの方が良かったのかも」
正院は経の本を出した。
「住職様。私は仏様を忘れるのではありませんよ。姫に戻っても貴方様を忘れるのではなく民のために戻るのです。」
正院は経の本を置いた。
寝る支度を整えて正院は行灯の灯を消した。横になっていると父上との懐かしい日々が思いだされる。
城内の庭で幼い静姫を連れて父上は言った。
「静姫。城主というのは民の幸せを考えて祭り事をせねば城主とは言えんのだ。民を自分の欲のために苦しめてはならん。」
父上は幼い静姫を抱き上げている。
「父上。私にはよく解りません。」
「よしよし。大きくなれば解る。私は息子には恵まれなかったがそなたには立派な夫を貰ってやろう。」
その時。まだ少年だった義晴が来てひざまずいた。
「ご城主様。ここにいらっしゃったのですか奥方様が静姫様の様子を見る様にとおっしゃったので参りました。」
「よいか。義晴。よく学問を学びよく武術を学び立派に静を守るのだぞ。義晴いい物をやろう。」
そういって父上は懐から和紙に包んだ飴細工を取り出した。
「これは町から取り寄せた物じゃ。よく考えてみればお前はまだ子供よ。遊びたい盛りに私に召され城内で辛いのも耐えてるる。」
義晴は父上からそれを受け取ると微笑んだ。
「ありがとうございます。」
義晴はそれを大切に懐に閉った。
「父上。私も欲しいです。」と静姫が強請ると父上は義晴の頭を撫ぜた。
「これは義晴の褒美だよ。義晴は良く仕えているからな。」
と父上は微笑んで見つめている。
義晴は良く静姫に仕えた。義晴は静姫と良く遊んだ。
城内ではやっかんで義晴に意地悪をする者もいたが義晴は善く耐えた。何時のことだったか義晴は静姫を連れて杉の木に登ったことがある。
「姫様。大きくなったら姫様と夫婦になりたいです。」
このとき義晴は十五才。静姫である正院は九才であった。
床につくといろいろなことが思い出される。
父上か殺され母と正院は追っ手から必死で逃げた。共を連れて山へ行こうとしていたが父上と共の者は家老の追っ手にみんな殺されたのだ。水」話>気さ
正院は静姫だった時のこと。幸せだった。日々のことを懐かしく思い起していた。
朝になった。
正院は起き上がるとふすまをあけた。太陽は 松の木の少し上に登っていた。
〔美しい朝。」
正院はこれから起こる運命をしばし忘れた。
〔あの空の上に竜神様はいらっしゃるのかしら。]
と正院はあけぼのの空を見た。」
竜神様の姿は見えなかった。けれどどこかに竜神様はいる。
雀がチュンチュンとさえずっていた。
〔竜神様。〕と正院は勇気づけられて微笑んでいる。
日が高く登ると正院は身支度を整えた。
お雪がふすま越しに呼びにきたままいく
「静姫様。朝ご飯の支度ができました。」
正院はふすまを開けた。
「いろいろとありがとうございます。」
「いいえ。夫は静姫様がこの国に戻られたので嬉しそうにしていますよ。ささあ。こちらへ」
お雪は正院を広間へ案内した。広間には紀森が先に来ていた。
「おはようございます。静姫様。」
と紀森はにこやかに手をついた。
「おはよう。紀森。」正院は静姫ら戻っていた。
「恐れ多いことですが食事の用意ができました」
「紀森。いろいろとありがとう。」
〔静姫になれば紀森と義晴は 私の家臣義晴との幼い日の約束も幼き日の夢。]
と正院は膳の前に座った。
「公には出来ませんがこれからは静姫様とお呼びします。」
と紀森は言った。膳の上にはお米のご飯 沢庵に味噌汁があった。
「紀森の所にはお米があるのですね。」
「はい。家老はお米はくれるのです。」
「では、ご馳走をいただきます。」と正院は微笑んで箸をとる。
みんな一緒に食事をした。食事が終わるとお雪が膳を引いた。
お雪はすぐに食器を洗い始めたようである。
「うちは下女もいないので何かとご不自由をおかけします。」
「いえいえ。お雪さんに余計な心配をお掛けしてすまないです。」と正院は言った。
「静姫様。城内には家老に不信を抱く者も多いのですが誰もが家老を恐れ黙ってしまいます。」
お雪が入ってきてお茶と羊羹を出した。
「町ではこんな物さえ民は食べることができません。民はみんな重税に苦しんでおります。」
とお雪は羊羹を正院と紀森の前に置いた。
「お雪。これは貴方が食べなさい。」
と正院は羊羹の皿をお雪の前に置いた。あいすまま
「姫様は、本当に昔の頃と変わりませんねえ。お優しい。」と紀森は言った。
「いいえ。姫様。私の分は有りますから。」
とお雪は微笑んでいる。
しばらくして正院がお茶をいただいているとお雪が来た。
「貴方。義晴様がいらっしゃいました。」
「ああ。連れてまいれ。」
と紀森が言ったのでお雪は 玄関へ行った
義晴は、正院や紀森のいる居間に来た。
「静姫様。紀森様。ただいままいりました。」
と義晴はふすまをあけた。
「ああ。義晴か。」紀森が言うと義晴は手をついて頭を下げた。
[あら。竜神様はどうしたのだろう]
正院はふと外を見つめた。
「義晴。よく来た。こっちへまいれ。」
義晴は中に入るとふすまを閉めた。
「いよいよあの家老を追い出すのですね。」
「こっちには静姫がいらっしゃる。」と紀森は、力強く言った。
「民を苦しめその上に城主様も手に掛けるとは・・」
と義晴は言った。
「紀森。義晴。竜神様がまだ・・」
「ああ。そうですね。見当たりませんが・・・」
と義晴は、不思議そうな顔をした。
「私はここにいますよ。」
庭先で声かしたのでみんなが庭の方を見ると庭に若侍の姿なった竜神様がいた。
「ああ。竜神先には不思議な力があるのですね。驚きましたよ」
紀森は表情を隠せず義晴と顔を見合わせる。
正院は可笑しくなって微笑んだ。
「すみません。いきなり庭先に現われたりして。」
と竜神様は居間に上がった。
「今から城に乗り込んで行きましょう。」
と竜神様は力強く言った。
「待ってください。」とお雪が酒を持ってきた。お神酒徳利に入っいる。そして杯があった。
「姫様が国を取り戻すために前祝いをしましょう。」
とお雪は杯に酒を満たした。正院は少し酒を口にした。
杯が回され竜神様が杯を受け取った。
「なかなか美味しいですね。」と竜神様は酒を飲み干した。
「さぁ。竜神様。善はいそげです。」
と紀森が促したので四人は立ち上がった。
「姫様。お気をつけて。」お雪は玄関に手をついて頭を下げた。
「貴方。義晴様。こ無事で・・・」
とお雪は紀森を見つめた。
「解っている。しかし私と義晴は静姫様の為なら命を捨てるつもりでいるのだ。」紀森の言葉に義晴は頷いた。
「お雪。私は必ず国を取り戻してみせます。そして二人を殺させませんよ。」と正院はお雪を見た。
「姫様。私は幸せにございます。」
とお雪は微笑んだ。その様子を見て竜神様も微笑んだ。
「心配要りませんよ。私は竜神ですから。」
と竜神様は真剣な眼差しで言った。
四人は城の門の前にいた。
「紀森様。義晴様。」と門番は頭を下げた。
「これから大切な人を連れて城へお上がりするのだ。」
と紀森が言うと
「はい。」と二人の門番は同時に言って頭を下げる。正院は不安な心になって城の中へ入って行った。




