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竜神  作者: 岡本ゆきえ
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帰郷

ある所に正院というたいそう美しい尼さんがいた。

武家の出ではあるが家臣の企みにより父を殺され母と寺まで母は病で死に母を弔うために出家した。

住職は正院をたいそう可愛がり後継ぎにしょうとして説法や経を教えている。

正院は朝早く寺の用事を済ませて竜神池に来る。

毎日、毎日、飽きもせずに草や木を眺めては楽しんでいた。しかし竜神池にはその名の通り竜が住むと言われおり人々は恐れて近づかない。

正院は(一度竜に会っみたい)と思いながらいつも池や草木を眺めている。しかし正院は一度も会ったことがない。


ある日、正院がいつものように寺の用事を済ませて一人竜神池に佇み池を眺めていると一人の美しい侍がやって来た。

「もしもし、正院様。貴方はどうして村人が誰も近づかない竜神池に来るのですか」

正院は十八才だが若侍は二十才ぐらいの美しい青年だった。正院は少しためらいながら言った。

「私はこの池が好きなのでございます。つらい寺での勉強の後、美しい森や池を見ると心が落ち着くのでございます。」

「人に聞けば貴方はまだお若く武家のお姫様ではありませぬか。家臣に裏切られたとはいえ立派なご城主。お家を取り戻すことはなさらないのですか」

「か弱い女の身で何ができましょう。ただ心配なのは城下の人たちのことでございます。父は思いやりがあり慕われておりましたが悪臣たちに苦しめられていないかとそれはもう心配でございます。」

「それは残念でございます。私はいつでも貴方の味方になりましょう。」若侍はにっこり笑った。

「ありがとうございます。」

正院が頭を下げると若侍は不思議なことにかき消すようにいなくなった。


正院が住職にこのこと話すと囲炉裏で餅を焼きながら住職は笑った。

「さては正院どのムジナにでもからかわれなさったか。ここらへんはムジナが多いからきっと貴方の身の上を憐れんでムジナが出来もしないことを言ったのでしょう。」住職は餅を裏返す。

「住職様。私は国のことが心配で一度帰りたくなりました。」

と正院が涙をこぼすと住職はたちまち困ったように顔をしかめた。

「悪臣に殺されますぞ。正院殿。」

「それでも帰りとうございます。」正院は涙をこぼしながら餅を食べた。

(無理もあるまい。正院殿は十八才なのじゃから。父を殺され母を失い何もかも失ったのじゃから)


夕暮れ。正院は住職と托鉢に出かけた。家々の前で御経を唱えると餅や野菜を村人たちがくれるのである。正院はまだわからぬ御経を住職と懸命に唱えておった。


正院の美しさは村々でも評判で庄屋などは正院が尼で無かったら息子の嫁にしたいと言うほどであった。庄屋の屋敷で御経を唱えると庄屋さんが出てきて小豆や白菜をくれた。

「正院殿。尼にしておくのはもったいない。息子の嫁にしたいところだがなぜ出家したのかね。」

「母を弔うためでございます。」

庄屋さんは小豆の袋と白菜を十把を正院に渡した。

「庄屋殿。いつもありがとうございます。」

と住職は正院と手を合わせた。

「いやいや私も信仰しておるゆえ。」

庄屋は笑った。住職と正院は喜んで寺に帰った。


正院は白菜を煮て米と小豆を煮た。

「今日は美味しい食事でござるな」

住職が言った。

正院が来てからというもの食事の用意は正院がしている。水を汲み風呂を沸かす。身寄りのない正院にとって寺の手伝いは心が休まり楽しい仕事であった。

今まで母と二人で寺で養われたときは正院はまだ十五才であった。本名を静姫といい父を殺した悪臣たちが憎かった。小豆飯に塩を少し入れ木をくべた。

住職はかなりの年寄りである。自分の祖父のように慕う毎日である。

やがてくつくつと小豆飯と白菜が煮え正院はお椀に入れると寺の本堂へと運んで行く。

住職は美味しそうに食べている。正院は箸を置き暫く考えていた。

「住職様。国へ帰って様子を見るだけでも許してくださいませんか。勿論、私が静姫だとだということは隠しておきます。」

住職は暫く目を閉じて考えていた。


正院は朝早く竜神池に佇んでいた。寺での勉強に手がつかずじっと考え込む毎日。

(例えムジナの侍でもいい)正院はムジナにでもすがりたい気持ちであった。

風もないのに森の木立がざわめいた。正院はふと木立の間を眺めた。

ふと顔をもとに戻すとこの前の若侍がいた。

「静姫様。お国に帰るのでしたらお供いたします。」と若侍が言った。

「貴方様はムジナだったのですか。」

「いいえ、私はムジナではありません。しかしムジナたちは私のことをよく知っております。」

と若侍は笑った。

「じゃあ貴方様は仏様。」と正院は戸惑ったように言った。

「いいえ。私は仏様ではありません。また仙人でもありません。」と若侍は笑った。

「しかし私はいつでも静姫様をお守りします。」

(もしかしたら竜神なのでは。)正院ははっとする。

「そうです。私は竜神池の竜です。貴方様は美しい。でもいつも池を眺める貴方様の目はかなしそうだ私は神通力があるゆえ何も話ていただかなくてもわかります。美しい静姫様のことなら何でも。」

「私はこの様な身になりましたが国のことが心配でたまりません。父を殺され母が死に私には何一つ頼れる人がいないのです。」

「村人たちは私を恐れていますが水の神でもあるのです。池を守り雨も降らせて田畑を実らせているのです。」

「竜神様。貴方がいなくなれば村々が困るのではありませんか。田畑に雨が降らなくなるでしよう。」

「私は一日千里を行くことが出来ます。心配しなくても田畑をちゃんと実らせることができますよ。」

と若侍になった竜神は笑った。

「竜神様。貴方に会ったことを住職様に話してもいいかしら。国に帰るとき心配なさるといけないかしら。」

「それは困る。住職様が余計心配なさるでしう。」

「きっと心強くなりましょう。」

と正院は竜神を見つめている。

「私はいつでも静姫様の側にいますよ」

それだけ言うと竜神はかき消す様にいなくなってしまった。


正院は寺へ戻りご飯を炊いた。

庄屋がくれた白菜に味噌を入れたっぷりの味噌汁ができた。今日はぼたもちもある。

正院が竜神のことを住職に話そうか迷っているとそれをさっしたかの様に住職が言った。

「正院殿。旅をなさるがよいそして静姫として確かめて来なされ。私には貴方の気持ちを抑えることはできない。しかし自分の身はあくまでも尼ですぞ。」住職は諭すように言った

「はい。私にはどうすることもできませんがきっと寺に帰ってきます。」

正院は深々と頭を下げた。


住職は手箱の中からお金をたくさん取り出すと正院に渡す


「これは少ないが旅のために差し上げます。お布施を集めたものじゃが。」

「ありがとうございます。住職様。」

と正院は有り難く受け取った。

「正院どの。いつでも帰ってきなされよ。」

と住職の優しい言葉に正院は涙ぐんでいる。





















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