転生の醍醐味が無いなんて、、、!
「お嬢様、おはようございます。」
「おはよう。今日は街に行くから軽装でお願い。」
「畏まりました。」
いつものように朝はメイドに身支度を整えて貰う。
「おはようマリア」
「おはようございます。お母様」
そう、ここは母親をお母様と呼び、メイドに世話を焼かれる世界。物心つく頃には、お約束の異世界転生だと気付いた。
遡ること10年前。3歳にして目の当たりにした現実に打ちひしがれつつも、地球のどこか王政が残っている発展途上国である事を祈り、情報収集を始めた。
けれど、調べれば調べるほど異世界である事を認めざる得なかった。そこから1〜2年かけて現状を受け止め、気持ちの整理をつけたのだが、、、
「なんで、なんでなの!!ここは異世界よね?魔法無し、スキルなし、中世ヨーロッパ風のよくある世界で争いの無い平凡な世界なのは良しとしても、転生するなら最も大切な事があるでしょ!?」
それでも尚、受け入れ難くもやり場の無い思いをクッションに八つ当たりしながら、ブツブツと吐き出す。
「せっかく異世界転生したのに、前世で読み漁った漫画や小説アニメにゲーム、、、そのどれにも当てはまらないなんて、転生の醍醐味が無いなんて、、、!」
そう、ここは確かに異世界であるにも関わらず、前世の知識が役に立つシナリオは無く、特別な能力も無ければ好きなキャラクターの近くに居られる特権も無し。
転生に気付いてうっかり聖地巡礼できるかもなんて浮足立った考えをしたばかりに、何の醍醐味も味わえないという事実だけは、到底受け入れる事が出来なかった。
「無いのなら、作るしかないわ、推しの居る世界を、、、。」
こうして、主人公マリアの現実逃避を兼ねた推し活への道が開かれるのであった。
そして現在。
「マリアも明日から学園生活ね。成長は喜ばしい事だけれど、やっぱり寂しくなるわ、、、。」
お母様が涙ぐむのも無理はない。なんせ私は今年で13歳。前世では中学生になる頃合いに入寮となるのだから、親離れ子離れには早い年頃だろう。しかも兄は出来が良く、進学先の高等部が王都の中心部となったため今後の帰省が少ないのだ。
「心配しないでお母様。私は短い休暇でもなるべく帰って参りますわ。」
「あら、嬉しいわ。ありがとう。だけど学園生活を優先した方が良いと思うの。ここには年に2度の長期休暇の時に少し顔を見せて貰えれば大丈夫よ。」
(あ〜断られちゃった。でもまぁ、それも仕方ないか、、、学園生活=社交会。婚約者を探したり就職を決めたりする時期だもんなぁ。高等部は名前こそ学園だけど、就職なら研修生的な感じで修行モード突入するのが当たり前だし。婚約するなら花嫁修行もしくは早めに嫁いで領地経営の勉強させられるし、この世界ハードモードすぎじゃない?)
「お嬢様、馬車の準備が整いました。」
「ありがとう。いま行くわ。お母様、行ってまいります。」
「気を付けてね。今日はマリアの好きなメニューを用意させてるからね。早めに戻るのよ。」
「はい、お母様。」
(食べ物でつられている、、、まぁ、楽しみなんだけどさっ!)
明日は学園初日の入学式。その後は歓迎パーティーが開かれ、新入生はそこが社交会デビューとなる。
当然そこでも豪華な食事が用意されるが、デビュタントで令嬢が口に出来るのは、精々乾杯で渡されるノンアルコールシャンパンか、話題のタネに勧められた物をひと口食べられるかどうかだろう。
だが今世での楽しみが今のところ食べる事だけのマリアには、その常識が通用せず自制が効くか怪しいところだ。というのも、入学に向けた予行練習で母親がセッティングしたお茶会で既にやらかした前科があるからだ。
(あの時は慣れ親しんだご近所の令嬢ばかりで目新しい情報が無かったし、開始10分で飽きちゃったのよね~。何より、王都帰りのお父様がお土産を下さったおかげで、辺境の地では珍しく可愛くて美味しいスイーツが目白押しのお茶会だったんだもの。あれで食べるのを我慢するなんて無理ゲーでしょ。)
当然お茶会終了後にお叱りを受け、口先では謝罪したものの反省はしておらず、そんな主人公の本心を見抜いてか、母親は少しでも前日にお腹を満たしコンディションを整えようと、ひと月前から晩餐のメニューをシェフと話し合い準備を進めていたのだ。
また、通常ならデビュー前はドレスアップのため、ひたすら節制を強いられるものだが流石は母親。今日に至るまでの間も娘の本質を理解し、無理のないヘルシーメニューに留めてくれていた。
(なんだかんだで恵まれてるんだよね)
この世界の貴族に産まれ、生活に困る事なく愛情たっぷりに育てられる事は幸運以外の何物でもない。
その上、本来ならもっと厳しく躾けられてもおかしくないところも、こうして甘やかしてくれているのだ。いくら転生を嘆いていようと、グレたり期待を裏切ったりするのはマリアにとっても本望では無い。
だからこそ、今もこうして馬車に乗り込み明日に備えて街で最後の情報収集に向かっているのだから。
(本音を言えば、実家大好き人間として帰省の許可は頂きたかったなー、、、)
早くもしんみりした気持ちになっていると、同乗しているメイドから報告が上がった。
「まず、今日のオヤツは季節限定の甘夏ゼリー。昼食は先日手配した異国のシェフによる特製ラーメン。午後にはメアリー様の御邸宅でアフターヌーンティーを頂く予定となっております。」
「ついにラーメンが食べられるのね!!」
先程までのしんみりとした空気が吹き飛び、残念な主人公マリアの脳内は食べ物に支配されていた、、、。
「孤児院に行くのが楽しみだわ!手早く情報を集めないとね!」
いつの間にか情報収集がついでとなってしまったが、孤児院に通うのにもそれなりに理由があった。