一章〔29〕飲み込まれる意識
〈おはよ〉
「やっと起きたかってよ。早く始めるってよ」
「これは起きたのか。これは待ちくたびれたぞ」
アサヒはギガネイラの顔を見て不思議そうにしている。
それもそのはず。今のギガネイラは完全な木だ。
なのに、なんとなくだが表情がわかる。顔がないのにだ。
〈ギガっち?〉
「これはギガっちとは私のことか? これはいい度胸だ。これは龍にそのようなあだ名をつけるのか」
アサヒはなんとなく馬鹿だとは思ってたが、龍に対してあだ名をつけるほどとは、思わなかった。完全に龍の逆鱗に触れる行為だ。
恐る恐るギガ音色の顔を見ると、なんか顔から花が咲いてる。
閉じたり開いたりをパタパタと繰り返してる。
「どうした!? ギガネイラ? それ、大丈夫ってよ?」
「これは特に何もないぞ。これは少しの照れ隠しだ」
無感情に見える龍にも照れるという概念があるらしい。それにしても、あだ名を許す龍とはプライドの欠片も感じられない。
もっと、偉大な感じを出してほしい。神に近い存在なのに情けない。
俺でもミノタウロスとしての誇りがある。乳を搾られるだけの牛とはもう違う。一応、牛形態にもなれるが正直あれは屈辱だ。
乳を絞られてるときなんか、変な感覚になる。あれはよくない。
もう二度とあそこには戻りたくない。
〈お~い、ミノタ?〉
「どうしたアサヒ?」
〈いや、なんか変な顔してたから、それだけ!何もないよ!〉
その夜は楽しかった。ワイワイガヤガヤとみんなで果物や魔物の肉を食べた。ずっとこんな時間が続けばいいのにと思った。
思ってしまった。
そんな理想は叶うことはない。世界は勇者の死で揺らぎ、復活した魔王や星たちによってきっと壊される。
俺達は森の中で平和だと思われる日常を過ごす。それがこの森の中だけの平和だとしても、それでもいい。
ギガネイラやアサヒと笑いながら食べるご飯は美味しかった。
しかし、悪魔はやって来た。
それは、ギガネイラが再び樹へ還り、空が明るくなった頃。
洞窟の入り口に黒い女が立っていた。
「おい、クソ牛共。探したぞ」
そう彼女が言った瞬間。隣に肉片が転がっていた。
最初は何が起こったか全く理解できなかった。
飛び散った血液は俺の毛の色を赤黒く染め、飛び散ったアサヒだったものは洞窟内の壁や天井に張り付いた。
「最近ずっとよ、怪しい牛多かったんだよ。全部お前のせいか? なぁミノタ?」
「俺は、何もしてないってよ! アサヒも何もしてなかったってよ。それなのに、なんでだってよ!」
【狂牛病】
怖い。
そもそも、こっちから手を出さなければ相手はこっちを殺せない。森の契約ではそうなっている。だけど戦わないといけない。
友を殺した、ラヴィルを許せない。一撃も入れられずに死ぬのも分かっている。それでも、アサヒの死を無駄にしたくない。
彼が何度も転生しているのは知ってる。それが今回もできたかは分からない。
もし、今ラヴィルになにもしなかったら別の姿で会えるかもしれない。でも、そんな理想は叶わない。
「てめぇよ、そっちから攻撃してきたってことは、これは正当防衛になるよなぁギガネイラ!」
相手のハンマーが内臓を潰しながら俺を吹き飛ばす。
痛い。苦しい。怖い。死にたい。苦しい。怖い
また、繰り返す。なんども、俺は無力だ。
逃げることしかいつもできない。でも、まだ生きてるから…
立ち上がらないと。
「どうする? 何をしようとしてたんだ? 牛達を全員連れ出すつもりだったのか? 理由次第では殺さねぇ。 アタシはミノタウロスは嫌いだが、お前には知性がある。まだ、使える可能性があるしな。さぁ、答えろ」
「お、俺は何もしてないってよ。何もするつもりないってよ。ただアサヒを逃がすために、協力しようとしてただけだってよ」
話すのも辛い。口から血が溢れる。まだ、動ける。でも、もう無理だ。俺には力がなかった。そして俺は何もかもを諦めた。
そんな絶望した俺を飲み込むように何かが俺を埋め尽くした。
意識が離れ、自由が奪われていく。不快感は全くない。むしろ落ち着く。優しい温かさに心が覆われていく。
そして、俺の意識がきえた___
「アタシはお前と仲良くなれる未来を見てみたかったよ。すべての魔物が悪いやつじゃないって証明してほしかったよ、じゃあな。次は魔物じゃない姿になれよな!」
ハンマーが動けなくなったミノタを襲う。
いや、もう彼はミノタではなかった。
【大地喰者】
大地が急に消え去り、ハンマーを振ろうとしていたラヴィルの手が止まる。
「てめぇ、誰だ?」
ラヴィルが問いかけてくる。音が聞こえる。目が見える。喉の感覚が揃う。体全身が自分のものになった感覚。痛みを感じる。
「また、転生したんだな」と心の中で呟く。
「ごめん、ミノタ。俺のせいで、ごめん。」
人の感覚。牛の感覚。2つが混ざっていて何だか気持ち悪い。それでも大事な友から貰った身体だ。もう死ねない。
そして、穴の中から叫ぶ。自分の名前を。
「俺は! 明星朝日だぁ!!」




