一章〔17〕必死の牛の主張
目を覚ますと先程殺された場所にいた。ここは本来、健康状態の悪い牛の経過観察をする場所なのだろう。血の跡は消えているが、まだ匂いがする。壁も凹んでいるのが見える。
「んぉ、起きたかのぉ」
「夫みろよ、やっぱこの牛挙動がおかしいだろ。アタシが見てる感じ、なんつーか、かなり知能が高い動きをしてるんだよ」
この黒肌美女は気を付けないといけない人物だ。全くといっていいほど勝ち目を感じられない上、いつ殺されるかもわからない。
「んぉ、そんな怪しくないと思うんじゃけどのぉ」
今ここから生き残るにはお爺さんに縋るしかない。
〈も〜も〜も〜〉
精一杯の牛アピールをする。前殺されたのは魔法を撃とうとしたからだと思う。普通の牛と分かれば無事に返してくれるだろう。
「んぉ、ほらこんなも〜も〜言っとるじゃろ。多分体調が悪かっただけじゃのぉ」
「まぁ、夫が言うなら分かったよ。アタシは怪しいと思うけどな!! 」
そう言って自分を元の牧場に返してくれた。しかし、ここからが問題だ。ここにいてもいつ殺されるかわからない。早く牧場を出ないといけない。
柵は高い一人では越えられない。魔法も撃てない。あのお爺さんなら助けてくれる可能性があるが、意思を伝える方法がない。
そういえばなんか黒肌美女がお爺さんのことを夫って言っていた気がするが二人はどういう関係なんだろう。ほんとに夫だとしたら、保険金目的の結婚としか見えないが、かなり仲が良かった。
そんなことはどうでもいい。とりあえずここから出ることが優先だが、どうするべきだろう。なにから始めよう。そうやって悩んでいると後ろから声をかけられた。
〈どこ行ってたとよ?〉
声をかけてきたのは前助けてくれた牛だ。今頼れるのはこの牛しかいない。でも、頼っていいのだろうか。この牛まで殺されてしまうのではないかという懸念がある。
〈毎度心配かけて悪いな、大丈夫だよ〉
〈そうとよ?友達なんとよ。なんかあったらすぐ言ってとよね〉
もし、今死んだらこの牛に嘘をついたまま死ぬことになる。俺は2364番じゃない、明星 朝日だ。
〈あのさ、俺、人間なんだ〉
首を傾げながらこの牛は小さく「もぉもぉ」言っている。
〈俺は明星朝日。元々人間で、なんか、色々あって、今牛になってるんだ〉
きっと信じてくれないだろう。でもそれでもいい。ここで嘘をついたら本当の友達になれない気がするから。




