ニセモノの悪役令嬢
私たちは無事にオガルコフ家の屋敷に辿り着いた。どうやら、追手は来なかったみたいだ。他家からは弱小と判断されたようだ。放っておいても構わないと思われたのかもしれない。
翌日の朝、私は当主サーガ様の部屋に呼び出される。恐る恐る部屋に入り、辺りを見回す。部屋には本棚がギッシリと並べられ、高価な家具が揃っていた。贅沢の限りを尽くしているような部屋だと私は思った。
当主様が豪華な机の上に手を乗せ、ドッシリと座っている。その隣には執筆長が立っている。重要な話がされると予感した。
仮面を付けていない素顔の私は、当主様の前へと足を運ぶ。
「アルダ、分かっているな? 今日からお前はアルダではなく、ヴァシリーサとして生きて行くのだ。だから、今の名を捨てよ。良いな?」
当主様の重く低い声が部屋中に響く。私は分かりましたと小さく頭を下げる。
「私とこの執事長以外の者には知られてはならぬ。もし、お前がニセモノだとバレたり、お前が他の者にその秘密を明かしたのなら、分かっておるな?」
私はまた、はいと小さく応える。それを確認してから、当主様は執事長の方に顔を向ける。
「執事長、あの時、ヴァシリーサを運んだ騎士達の処分は?」
「はい、皆、口封じの為に始末しました。他の者でお嬢様が入れ替わった事を知っておる者は、この世には居りませぬ」
私は口を抑え、絶句する。
この人たちは目的の為なら手段を選ばない。私も言う通りにしなければ……。
二人を涙目で見つめる。すると、当主様が再び口を開く。
「ヴァシリーサの遺体は?」
「密葬しました。もちろん、遺体を始末した騎士達は全員殺しました」
「うむ、完璧だ。後はお前がしっかりと娘を演じれるかどうかに全てが掛かっている。決してボロを出すなよ」
当主様はそう言うと、私を睨み付けて来る。私は恐ろしくて、身体を小さくする。
こうして、私の悪役令嬢としての新たな生活が始まる。
* * *
日中、執事長に社交場での作法や礼儀などを改めて叩き込まれる。今まで影武者として社交の場に出る機会があった為、訓練は一応受けて来た。しかし今回、さらに過酷な状況になったので、私は厳しく指導される事となったのだ。
その為、お城を抜け出して、町の人たちにパンを配りに行く時間が取れなくなっていた。子供たちや飢えて弱っている人たちの事が気になる。そして、両親たちもどうなっているのか、心配で仕方なかった。
そんなある日の事だ。
私は自室で椅子に腰掛け、休んでいた。執事長の訓練は徹底していた。ストレスと疲れとで私はヘトヘトになっていた。
すると、コンコンとドアをノックする音が聴こえる。私は、はいと返事して、ノックの相手を確認する。
「お嬢様、お茶をお持ちしました。入っても宜しいですか?」
「えぇ、どうぞ」
いつもの癖で、つい丁寧に応えてしまう。私は性悪なお嬢様を演じなければならないのだ。疲れで集中力が途切れていた。イカンイカンと思いながら、部屋のドアを開けたメイドの女の子を見る。
仮面を付けてメイドをしていた時に、私と一緒に働いていた新人の女の子だ。少し微笑みながら、彼女を見つめる。
メイドの女の子は、キッチンワゴンを押しながら、部屋の中へと入って来る。ワゴンの上には、お茶が入った陶器と豪華なカップが並んでいる。
しかし、押している動きがなんだか頼りない。新人さんで慣れていないからかなと、私は少し心配そうに見てしまう。
前にあのセットでお茶を頂いた時、毒を盛られて、意識を失った事がある。今度は大丈夫かな、などと不安な顔で、メイドの子がお茶をカップに注いでいるのを見ている。
すると、失礼しますと執事長も部屋へと入って来る。執事長は冷たい視線を私に飛ばす。まるで、お嬢様の代役をちゃんとなさってるんですかねと、言わんばかりの目だ。
執事長が来たからなのか、私の存在からなのか、メイドの子の手が震えている。その為か、メイドはお茶の入った陶器をテーブルの上にひっくり返してしまう。
「大丈夫でごさいますか? 申し訳ありません」
メイドの女の子はすぐさま私に謝ると、慌ててテーブルを布巾で拭き始める。血の気が引いているのか顔が真っ青だ。
かわいそうに、今まで本物のお嬢様にイジメられて来たのねと、私は憐れみの目で彼女を見つめる。
すると、オホンと咳払いをする執事長が視界に入る。執事長は鋭い目で私に訴え掛けている。
本物のお嬢様なら、許しませんよ、と。
今度は私の方が恐怖の感情に支配される。私は何か行動しなくちゃと、無理やり声を上げる。
「何をやってんのよ。早く片付けなさいよ」
言い慣れてない為か、罵声がぎこちない。声も上手く出ていない。
これで大丈夫なのかと不安になり、執事長の顔をうかがう。彼の顔が険しい。対応を間違ったのかと、私は恐くて、身体が震え始める。
「今日のお嬢様は気分がよろしいので、寛大な処置をされておる。いつもなら失敗したお前には、ビンタ、もしくは蹴りが有り難く支給されるのだぞ。それを肝に銘じておけ」
執事長はメイドの子に叱責する。その叱責はまるで私にも言われているかのように聴こえた。
メイドの子は涙を流しながら、私と執事長に土下座をしている。私はグッと唇を嚙み、その子から顔を背ける。
私は悪女にならなければならない……。お父さんとお母さん、そして、私の命の為に……。
そんな苦悩をしている私の元に、一通の嬉しい手紙が届いた。
読んで頂き、ありがとうございます。
また、面白い展開にしていこうと思うので、良かったらこれからも宜しくお願いします。




