この町は飢えている
本業の影武者をしていない時は、私は仮面を付けている。そして、他のメイドの子同様に、家事や雑用など仕事を請け負う。
私の身に付けている仮面は、白色の硬い陶器のような物だ。顔全体を覆い、目の所だけ穴が空いている。これを付けていると、冷たい不気味な印象を持たれる為、あまり人は寄って来ない。
もちろん、仮面を付けている理由は、お嬢様と同じ顔をしているから。屋敷の従者達には、子供の頃に酷い火傷を負ったから、顔を隠しているのだと説明しているらしい。
私の存在を知っているのは、オガルコフ家の中でも限られた人間だけだ。ヴァシリーサお嬢様、その父である当主のサーガ様、そして私を無理やり連れて来た髭親父の執事長くらいである。
影武者の存在は極秘事項。お嬢様の代わりとして公の場に出る時以外は、ほとんど私は仮面を付けたままで居た。
少しだけだったが、自由な時間を与えられる。この少ない時間を使って、私は屋敷の外へと抜け出していた。
オガルコフ家の屋敷は小高い丘の上にある。その丘を下ると、小さな町があった。古いレンガ造りの建物が並んでいて、所々今にも壊れそうなボロボロの小屋が立っている、そんな寂しい町並みだ。
私はフード付きのマントを纏う。そして、いつもの仮面を付けた姿で町へと下りる。手には大きな皮の袋を下げている。私はキョロキョロと辺りを見回し、町を歩く。
ボロボロの衣服を着た人達が今にも倒れそうな感じで歩いている。皆、痩せこけていて、虚ろな目だ。私は辛くなり、目を閉じる。
この町はオガルコフ家の領地だ。当主が課した重税の為に、この町の人達は飢えているのだ。皆、暴力による取り立てで、生きるのがやっとの状態だった。
私の眼前に幼い子供の兄妹の姿が映る。フラフラと歩いていて、げっそりとした状態だ。何日も食べていないのだろうと、容易に想像がつく。私は彼らの元へと歩み寄る。
手に持っていた皮の袋の口を開け、私は大きなパンを二つ取り出す。そして、幼い二人の子供に手渡した。
「どうぞ、食べて」
「え、いいの?」
「うん、遠慮しないで」
私がそう言うと、幼い子供達は無我夢中で食べ始める。それを見ていた周りの大人達も目の色を変えて、こちらへと走り寄って来た。
「パ、パンだ。俺にもくれ」
「私にも」
「家にも子供が居るんだ。お願いだ。分けてくれ」
そんな声が辺りに飛び交う。町中騒然となり、人々が我先にと集まって来る。私は大慌てで、順番にパンを配って行く。
屋敷には、余るくらいのパンがあるのに、なぜ?
そんな光景を見ながら、屋敷でのある出来事を思い出す。
屋敷の厨房で、当主様やお嬢様の食べ残したパンや食材を、メイド達が惜しみなく捨てていたのだ。
町ではこんなに苦しんで、飢えている人が居るのに。だから、私はいたたまれなくなり、屋敷の残飯を回収し、町の人に配るという活動を始めたのだ。
もちろん、捕らわれた両親の情報を集めるという目的も兼ねている。しかし、町の人に聞けども、聞けども両親の情報は得られない。思わず、泣きそうになってしまう。
そんな事をボーっと考えていると、袋の中のパンは全て無くなっていた。
「ゴメンなさい。今日の分はもうありません。また、今度持って来ます」
私は町の人達に一礼すると、そそくさと逃げ出す様にこの場から離れる。
「今度って、いつなんだ?」
「俺はもらってねぇぞ! コイツラだけズルいぞ!」
そんな罵声の様な声が、後ろから聞こえてくる。
ゴメンなさい。私の力ではこれが限界なんです。全ての町の人の分は用意出来ません。申し訳ありません。
そう心の中で謝りながら、私は屋敷の方角へと小走りで帰って行く。
途中、狭い路地を抜けようと建物の角を曲がる。こちらの道の方が近道だ。そう思って曲がった瞬間、座り込んでいる人にぶつかりそうになる。その人は建物を背もたれにして、グッタリとしている。
その人はフード付きのマントを羽織っていた。私と同じような格好だ。フードを深く被っている為、顔はよく見えない。身長がかなり高い。体格もがっしりしている。恐らく、男の人だろうと私は感じた。
「大丈夫ですか?」
その男らしき人物に私は声を掛ける。行き倒れしているようにしか見えない。病気で倒れたのか、飢えで倒れたのか。力無く座り込んでいるマントの人の肩を揺らす。
「う、腹が……減った……」
その人物は、男のかすれた声を漏らす。
やっぱり、飢えて倒れたんだ。私はマントの下の衣服から大きなパンを取り出す。これは自分の食べる分だったが、仕方が無いと思い、その男に手渡す。
マントの男が手を伸ばし、パンを掴む。その時に、男の指が私の指に触れる。
カサカサの指だ。水も食料も何日も口に入れていないのか。かわいそうに。
私は覗き込むように男の顔を見つめる。フードに遮られている為、相変わらず男の顔は分からない。男は夢中でパンをほうばっている。すぐさま、パンは男に完食され、無くなってしまう。
男はゆっくりと立ち上がる。そして、私の方をじっと見つめる。やはり、身長がかなり高い。私は彼を見上げる。
「ありがとう、助かったよ」
男の声は空腹を満たした為か、少し元気そうに聞こえた。
「いえ、これだけしか無くてゴメンなさい。また今度何か食べる物があれば持って来ます」
私はお辞儀して、逃げる様に走り出す。屋敷に早く帰らないとお嬢様に叱られる。そんな予感がして、少し焦り出す。
「君の名は?」
男が呼び止める様に、私に尋ねる。一瞬、反射的に応えようとしたが、すぐに留まる。自分が今、どういう立場なのか思い出す。応えてはいけないし、そんな暇もない。
私は無視するように、無言で男から立ち去った。
小説を読む方は頭が良く、人の気持ちの分かる人だと聴きます。
そんな優秀な読者の皆さんの為に、面白い小説を書いていきますので、これからも読んで頂けると大変嬉しいです。
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