死を早めるだけの魔法
私は二人を見ながら、退路を探す。
「もう、先生がなかなか出発しないから、王子様が帰っちゃったじゃないですか? せっかく、王子様が来る前に殺してやろうと思っていたのに、プンプン」
頬を膨らませながら、ファシーお嬢様は隣に居る男に話し掛ける。先生と呼ばれた細身の男は頭をボリボリとかきながら、面倒くさそうに応える。
「だってさ、今日の俺の占いの運勢、知ってる? 最悪なんだぜ。外出したくないつうの。犬とかに噛まれたらどうするんだよ? ヤダヤダ、仕事終わらせて、さっさと帰ろうぜ」
もう一人の男をじっと見る。見た事のある男だ。そして、どこで会ったかを思い出す。すると、身体が急に震え始める。
あのダンスパーティーの時だ。本物のヴァシリーサお嬢様とファシーお嬢様の二人が一触即発の場面に居た男。
あの後、本物のヴァシリーサお嬢様は亡き者となった。では、あの男が噂の"死の悪魔"なのか?
私の視線に気付いたのか、ガリガリの男がこちらに顔を向ける。
「あれ? ダンスパーティーの時に確かに殺したはずなのに。おかしいな。何で生きてるんだよ?」
そう言いながら、男は首を傾げる。男と私の目が合う。恐る恐る私は彼に質問をしてみる。
「あなたが"死の悪魔"なの?」
「そう呼ばれてるみたい。即死魔法専門の魔法使いでーす。宜しく」
"死の悪魔"は軽くお辞儀をする。それを見たファシーお嬢様は会話に割って入って来るように、"死の悪魔"に報告をする。
「先生、オガルコフ家はヴァシリーサの影武者を雇ってたみたいなんです。だから、先生がダンスパーティーの時に殺したのは、影武者もしくは本物のヴァシリーサなんですよ」
「なるほど、そういうトリックか? もしかして、君たち双子なの?」
"死の悪魔"が興味深そうに私を見る。言葉を押し殺し、私は震えている。本当の事なんて言えるはずがなかった。
「先生、目の前に居るヴァシリーサが本物か影武者かなんて、どちらでも関係のない事ですわ。だって、もう一回殺してしまえば、問題ないですから、オホホホ」
ファシーお嬢様はそう言って、獲物を見る目で私を捉える。私は恐怖から後ずさりをする。相手に気付かれぬようにゆっくりと。
相手は"死の悪魔"。逃げれるの?
脳裏にそんな事が浮かんだ時、後ろから複数の声が聴こえる。私はすぐさま振り返る。
「ヴァシリーサ、何をしているんだ? 早く屋敷に入らぬか」
声の主は当主サーガ様だった。執事長も隣に付いている。それだけではない。後ろにズラズラと黒い鎧を纏った屈強な騎士達が続いている。ざっと見ても十人以上は居る。私は助かったと感じた。彼等が救世主のように見えた。
「お父様! ドン家のファシーさんです。そして、"死の悪魔"も付いて来ています」
叫び声に近い言い方で、ニセモノの父に助けを求める。当主様たちは驚き、足を止める。
「何だと? ここは我がオガルコフ家の屋敷の庭だぞ。奴等が攻めて来たというのか?」
当主様はそう叫ぶと、じっと侵入者二人を睨み付ける。ファシーお嬢様と"死の悪魔"は何も気にしていないかのような素振りで、涼しい顔でこちらを見ている。
「よくも、あの時はワシの娘を……。いい度胸だ。ワシの領地に入った事を後悔させてやる。騎士達、奴等を殺せ。絶対に二人とも生きて返すな」
当主様の声と共に、大勢の騎士達が二人を囲む。騎士達は剣を抜き、構える。そして、ジリジリと間合いを詰め、侵入者に襲い掛かろうとする。しかし、ファシーお嬢様は余裕の笑みを浮かべている。一方、"死の悪魔"は無表情だ。そんな二人が恐ろしいと私はまた感じる。
「あ〜ら、やっぱり死んだのは、本物のヴァシリーサだったのね。良い事、聴いちゃった。先生、コイツら目障りなんで、殺しちゃって下さい」
ファシーお嬢様はウインクをしながら、"死の悪魔"に笑い掛ける。"死の悪魔"は面倒くさそうな顔をし、あくびをしている。
「仕方ないな。ターゲットはその娘、一人だけだから。死にたくないヤツは逃げても殺さないけど。向かって来るヤツは知らないよ」
と、"死の悪魔"が言った瞬間、一斉に黒の騎士達が二人に襲い掛かる。"死の悪魔"は左手を前に伸ばす。彼の左手が光る。そこから、光が何本も一直線に発射されて行く。
光が黒の騎士達に当たり、貫通して行く。しかし、何の外傷も与えていない。ただ、光が当たっただけで、騎士達は怪我をしていないように見える。
騎士達は不思議そうな顔をし、互いに顔を見合う。その直後、崩れるようにバタバタと彼等は倒れて行く。辺りは騎士達の死体で埋め尽くされる。数十人居たはずの騎士達の中で、立っている者は誰一人として居なかった。
「誰にでも、必ず死は訪れるものだ。その死を少しだけ早めてやるのが、俺の魔法。たったそれだけの単純な魔法だ」
"死の悪魔"はそう、呟くと、再び私に視線を向ける。一瞬にして騎士達の命を奪った悪魔が私に狙いを定めている。
私は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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