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まっくろくろすけみたいな水まんじゅうの怪異らしきものとか、トイレットペーパーとか、ホラーちっくな目にあうという不幸と、久羅くんに助けてもらったという幸福を同時に味わった翌日。二度目の高校生活三日目にして、いよいよ本格的な授業開始が始まった。
自分も知らなかったのだが、私は怖い目にあうと変に冷静になるタイプのようだ。
いや、普通に怖かったけどね。
怖い目にあっている最中よりも、あった後の方が思い出して怖!となってくる。ぶっちゃけ夜中に起きてトイレに行くのが一番怖かった。
もしかしなくとも、これからもちょくちょくああいう目にあうのだろうか。
久羅くんからは、困ったら助けてあげてもいい、とありがたすぎるお言葉をもらっておりますが。
できればあんまり怖い目にはあいたくないので、家を出る時、玄関前に置いてある信楽の狸に手を合わせておいた。なんでこんなところに信楽の狸が、と思うと同時に、夜中に酔っぱらった父が持って帰ってきたという記憶が頭に流れ込んでくる。どういう設定なんだ、それは。普段は寡黙なのに、酔っぱらうとぶっ飛びすぎだろう。
体験してないけど頭にはある記憶によると、酔っぱらった父いわく「帰る家がなくて困ってたから、うちにおいでと言ったらついてきた」とのことらしい。翌日本人は何も覚えていなかったが。
とりあえずなんか不思議ないわくのある信楽の狸っぽいし、手を合わせておいたらいいことがあるかもしれない。
転生して三日経ったけれど、いまだに現実味は薄い。何度目覚めても、まだ夢の中だった。そんな感じ。
そのおかげとでもいうべきか、自分でもびっくりするくらいすんなりと日常生活を送れていた。少しぼんやりしすぎている、というのも事実だと思うが。
今日からは授業も始まる。
そろそろ情報収集、整理をしなくてはいけない。
そう思うほどになんだかすごく面倒くさい気持ちになるのは、現実逃避の一種なのだろうか。
登校して、一限目が始まる。
担任の先生が黒板に書きつけた左上がりの細長い字を追って、自分もノートに書くふりをしながら、ひとまず久羅くん以外の知っている人たちについて、ノートの端っこに書き出してみる。
まずはヒロイン。
今朝わかったのだが、彼女は隣のクラスにいる。自分の教室に行きがてら、他のクラスを軽く覗いた時に見つけた。というか、なんかめちゃくちゃ可愛い子いるぞ!と思ったら、ヒロインだった。流石である。
「十六夜さん」と他の生徒に呼ばれていたから、名前はデフォルトの十六夜ムクだと思う。
肩甲骨あたりまであるまっすぐな黒髪を赤いリボンでハーフアップしており、真ん中わけの前髪はいわゆる姫カットになっている。時代が時代なら、深窓の令嬢という雰囲気である。
彼女は黒塚神社の神主の娘で、生まれながらに滅魔の巫女としての才能を持っているが、今の時点ではまだ巫女として目覚めていない。ゲームシナリオでは、攻略対象と怪異に出くわし、それを解決したり退治していく中で「愛」を知ることで、巫女として目覚めていくことになっていた。
そして選んだ攻略対象と共に、最後は必ずラスボスであり、ゲーム内で現れる怪異、怪奇現象の大本である黒塚の地を千年近く蝕んでいた祟り「黒塚の母」を退治する。
シナリオ通りなら、今は攻略対象たちと知り合っていく全キャラ共通シナリオ部分にいるはずだ。
六月の雨の日に、学校の裏山で女子生徒Aが殺されたのち、攻略対象を選び、シナリオが分岐していく。
難易度とかはないけど、一番ホラー展開が優しいのは渡辺クロウルートで、祟りの真相に迫るのが業原ナギヒコルート。そして一番ホラー展開が激しいのは、二周目からしか選択できない久羅スガネルートとなっている。
私が無事に女子生徒Aとして、久羅くんに裏山で殺された場合、彼女が誰を選ぶか知ることはない。
次に攻略対象たち。
一番ホラー展開が優しい男こと、渡辺クロウ。苦労くんとあだ名で呼ばれることからもわかる通り、やや不憫な目にあいがちな一般人枠。怪異に対抗する力とか持っていないから、彼はヒロインを襲う怪異にたいして天性の身体能力のよさだけで対抗していくしかない。中学では陸上のエースだったが足を故障してやめたんだったけな。
髪の毛の一部を赤く染めているから、たぶん見かけたらすぐわかると思う。
ちなみに黒塚高校は、校則が緩いわりに治安はいい不思議な学校である。
それから伊豆那兄弟。
兄のカナトは三年生の生徒会長。弟のキヒトはヒロインと同じクラスの一年生。
兄のカナトは入学式の在校生代表の挨拶で見た。
青い髪のちょっとダウナーな感じの人だ。見た目通り無気力っぽいけど、意外と真面目な人だったと思う。
弟のキヒトも廊下で友達と話しているのを見かけたことがある。
こっちは金髪の陽気なキャラで、いつも人の輪の中心で笑っている印象だ。
二人は狐の妖怪と人間の子孫だから、顔つきもちょっと人外じみた整い方をしている。
この兄弟はあまり仲が良くないので、兄妹仲を修復しつつ、怪異も退治してみたいな流れだったはずだ。
黒塚の祟りの真相に迫るキャラ、業原ナギヒコは、古文の先生であり、陰陽師の末裔でもある。
先生の時は天然パーマに眼鏡で一見モサいけど、陰陽師の末裔として現れるとオールバックのとんでもないイケメンに変身するので、久羅くんの次に心ときめいた記憶がある。浮気ではない。断じて。
全ての元凶である「黒塚の母」という祟りを監視、対処し続ける陰陽師一族の跡取りで、なんか過去がけっこう重かった気がする。先生の過去を知ったり、陰陽師としての務めを手伝ううちに、ヒロインも「黒塚の母」の真相を知っていく。
先生の時はわざと地味に振舞っているからか、私はまだ見かけた記憶がない。
まぁそのうち古文の授業があれば、探しに行かなくとも会えるだろう。
以上の四人と久羅くんを合わせて攻略対象は五人だ。
ちなみに久羅くんのルートは一番ヒロインが過酷な目に合う。
自力である程度怪異に対抗しなくちゃいけないし、最後はまぁまぁ血みどろな展開もある。
でも私は久羅くんに幸せになってほしいので、もしもヒロインが彼を選ぶことがあったら草葉の陰から応援したいと思う。
あとは、六月の雨の日はいつなのかが問題か。
シナリオ内で何日って明言されてたか正直覚えていないし、もしかしたら明言されていなかったまである。
というか、六月とかずっと雨降ってるじゃん!梅雨!
せめて初旬、中旬、下旬くらいまでわかれば……。
それとも周りからAさんと呼ばれているうちに、こう因果的なものが集まってきて、流れでいけてしまったりしないだろうか。それは怠惰かな……。
午前の授業はほどほどに真面目に受けつつ、六月の雨の日、という走り書きをシャーペンの先で突いているうちに終わった。
突いてできた点がさながら雨のように、走り書きを取り囲んでいる。
情報の整理はできたし、お昼ご飯は食堂で好きなもの食べちゃおうっかな。
食堂も背景通りに見える角度がきっとあるはずだから、それも楽しみだ。
ちなみに一緒に食べに行く友達はいない。
存在しないけど、脳内にはある記憶によると、同じ中学校から来た人はいないらしい。
知り合いゼロスタートな上に、入学式早退しちゃったから、高校生活の始まりとしてはなかなか厳しい状況である。
でもまぁ、楽しい高校生活を送るのが目標ではないから、別に焦らなくてもいいか。と開き直り、私はゴソゴソ鞄から財布と携帯を取り出した。ちなみに折り畳み携帯である。時代感じる~!待ち時間とかにむやみやたらと片手でパカパカ開けたり閉じたりを繰り返していたのを思い出すなぁ。
ポケポケ食堂まで歩いて、発券機の列に並ぶ。
けっこう混んでるから、席座れるかなぁと列から頭だけ横に出して席の空き状況を見ていると、後ろからやぁと声をかけられた。
「ひぇ、久羅くん」
Aさんも一人?なんて、胡散臭い爽やか笑顔で久羅くんはヒョコっと顔を覗き込んでくる。
なんなんだ、久羅くん。
近いぞ、久羅くん。
オタクは推しに謎に距離を詰められると死ぬぞ、久羅くん。
「久羅くんもご飯とか食べるんだ」
思わずそう言うと、久羅くんはじとっとした目つきになる。
「俺のことなんだと思ってるわけ?」
「え、美の化身」
アイドルはトイレに行かない理論みたいな感じで、久羅くんも人間の食事摂るんだと思ったんだけど。いや、なんか違うな。自分で並べてみて、適切な例えじゃなかったと眉間にしわによせて考える私に、久羅くんはふーんと興味なさそうな返事をするだけだった。
「久羅くんは何食べるの?」
順番が回ってきて、券売機に千円札を入れる。
肉がメインのA定食はすでに売り切れていた。
魚のB定食も悪くはないが、ここは小手調べにカレーか汁物にするか。
カレーと肉うどんの間を指先でいきつもどりつしていたら、横から伸びてきた久羅くんの指が勝手にきつねうどんを二回押した。
「私のご飯!」
「悩んでたから、決めてあげたんだよ。はい、きつねうどん」
いや、しれっと自分の分も買ってるし。
これが久羅くんでなければ殴りかかっているところだ。
でも推しなので、奢らせていただき光栄です!
久羅くんはそのまま一緒に受け取り口までついてきて、あっという間に混雑した食堂で奇跡的に空いていた二人分の席を見つけ、気が付くと隣に座らされていた。
何故だ。何故、モブの私などが……。
緊張から冷汗が出始めた私の隣で、推しがきつねうどんを食べている。どういうことですか。
ガチガチになりながらうどんを箸で数本取る。
横目でうかがうと、久羅くんもまた綺麗な所作でうどんを啜り、一言。
「麺が死んでる」
と言った。
「ぶっ」
口に入れたうどんを吐き出しそうになった。もちろん気合で我慢したけど。
あ、あぶなかった。急に真顔で面白いことを言わないで欲しい。
必死にうどんを咀嚼するが、確かに妙にぶよぶよした触感だった。
「冷凍麺って感じだね。でも出汁はけっこう美味しいよ」
「寮の食事もまずいけど、これは食堂も期待できないな」
「そっか。久羅くん寮なんだ」
「一応ね」
久羅くんは妖怪というか、黒塚の祟りから生まれた怪異だから、人間の食事はぶっちゃけ摂らなくても平気だとどこかで読んだ気がする。寮にも住んでるみたいだし、彼なりに人間社会に溶け込もうとしているのだろうか。目的が「黒塚の母」を起こして、町を崩壊させることだとしても。
知らなかった久羅くんのことを知れて嬉しいな。
「久羅くんって真面目だねぇ」
「この流れで、そうはならないと思うけど」
きつねを一口かじると、甘い出汁がじゅわっと染み出す。
肉うどんへの未練はあるが、これはこれでよかったかもしれない。
ちゅるちゅるうどんを啜っていると、久羅くんが頬杖をついてこちらに話しかけた。いつの間にか完食していたらしい。
「Aさんは怪異についてどれくらい知ってる?」
口の中のものを飲み込み、全然、と答える。
親切な優等生という顔で、久羅くんは続けた。
「そっか。一昨日、霊感デビューしたばかりだもんね」
「はい、デビューしたてなんです。というか幽霊とか妖怪とか怪異とか、どう違うの?」
純粋な疑問をぶつける。
「大きな分類みたいなものだよ」
久羅くんは卓上に置かれた塩、こしょう、七味の小瓶をとって並べる。
「人が死んだら幽霊になる」
塩の瓶が一歩前に出された。
「自然から発生して名前を付けられたものが妖怪。人の情念や魂と融合している時もあるけど」
次にこしょうの瓶が、塩のすぐそばに置かれる。
「怪異は不思議な現象全般に使う。あとは幽霊でも妖怪でもないものを指すこともある」
並んだ塩とこしょうの上に、七味が置かれた。
分類図を表しているらしい。
「だから大きくは怪異と呼ぶ」
「なるほど」
「昨日、Aさんが出くわしたのは幽霊にも妖怪にもなりきれない中途半端なものだったから怪異としか表現できない」
「中途半端?」
「浮遊霊が学校に留まり悪さをしているけど、学校の怪談として噂になるほどの力はまだないってところ」
「放置してていいの?」
「知らない。少なくともAさんみたいな無知な霊感デビューが相手だからちょっかいをかけられたようなもので、俺がどうこうするほどの相手でもない」
「あぁ私、赤ちゃんみたいなものってこと」
「赤ん坊だし、ネギ背負った鴨だね」
この世界に転生したばかりだから、本当に赤ちゃんと同じなのかもしれない。
怪異にとってちょっかいを出しやすい存在ってことは、久羅くんにとっても無価値というわけではないと考えていいのだろうか。少なくとも生贄候補に入れてもらえるとありがたいのだが。
「だから君はこれからも怪異に目をつけられるし、このままだと危ない目にも合う」
「えっ、それは困る」
えぇ~、また変な目にあうってこと!?
久羅くんに殺されるまでは、ぽっと出の怪異に殺されるわけにはいかない。
お寺でお祓いとかしてもらおうかな……いやでもそれで久羅くんから避けられるようになったら嫌だし……。
真剣に悩む私の顔を軽く覗きこみ、久羅くんは意地悪そうに笑う。
「そこで君が自衛の術を身に着けつつ、俺も助かる方法があるんだけど」
「えっ」
さっきから、えっばっかり言っている気がする。
だってびっくりすることの連続なのだ。
私ごときが久羅くんのお役に!?
久羅くんは自分の容姿が良いことをわかっているのか、誘惑するかのように灰色の瞳を妖しく光らせ微笑んだ。絹糸のような白髪がさらりと垂れて、頬に淡い影を落とす。
「俺のお願い、聞いてくれる?」
「喜んで!」
お願いと言う言葉に私はいちにもなく、居酒屋の店員かと突っ込みたくほどに元気な返事をしていた。




