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よん


「おわっ!?びっくりした!」

どうも、私はびっくりしたと言って驚くタイプの人間です。

冷ややかな目で久羅くんは私を見ている。

は、恥ずかしい。

とりあえず笑って誤魔化しておいた。

久羅くんは何事もなかったかのように、ついっと私の手の中のものを指さす。

「よくそんな気色悪いもの持てるね」

「え?」

まっくろくろすけ(仮)と久羅くんを交互に見る。

くろすけ、お前、やっぱりあれなのか。

そんな可愛い寄り目しておいて、怪異的なサムシングなのか。

「Aさん霊感強いんだ」

「そうなん、ですかね?」

なぜか敬語で首を傾げてしまった。

久羅くんは自分の席、つまり私の隣の机の上に軽い身のこなしで座った。

「なんか昨日から急に見えるようになったというか……それまでは全然幽霊とか見たことなかったんだけど」

「へぇ。変わった高校デビューだね」

久羅くん、高校デビューとか知ってるんだ。意外。

ひょろ長い脚をプラプラさせて、久羅くんはクスクス笑った。

「真面目な話、それ、あんまり触らない方がいいと思うけど」

「どこに放したらいいかわからなくて……」

「じゃあ、俺に渡して。処理してあげるから」

処理って、お祓いするってことかな。

などと考えてから、すぐに思い出した。

そういえば久羅くんのルートで、彼はエネルギー補給と称して怪異を食べていた。取り込むとかじゃなく、本当にムシャムシャ食べていた。それ専用の絵とかなかったけど、文章ではそう表現されていた。

ああ、ということは。

「処理って、食べるの?」

すっと久羅くんは目を細める。灰色の瞳が親切な同級生らしからぬ剣呑な光を放った。

あ、やばいかも。

地面からカチリと地雷を踏んだ音がした。まさにそんな感じ。

「どうしてそう思った?」

口調は柔らかいままだけれど、まとう空気が一気に冷たくなったのを肌で感じる。

刃物を突き付けられたみたいに、うなじがゾワッとした。

「え、っと、その」

必至に言葉を探すけれど、何も思いつかない。

なにか言わなきゃ!と焦った私は、丸呑みした卵を吐き出すみたいにとっさにこう続けた。

「み、水まんじゅうみたいな見た目してるから」

「君って、もしかして頭おかしい人?」

ですよねー!!水まんじゅうみたいな見た目してるからって、得体のしれないもの食べるとかいう発想出てくるわけないですよねー!もう駄目だ。終わった。一学期の終わりを待たず、ここで消されるかもしれない。いや、それはまだマシというか、本望なんですけど、普通にこれからずっと久羅くんに隣の席の頭がおかしい人と思われてしまう可能性の方が高い。よりによって久羅くんに!人生の推しに!

内心泣きわめき、冷汗をダラダラ流す私の手から、まっくろくろすけ(仮)がひょいと取り上げられた。

「まぁ、合ってるけどね」

久羅くんはつまらなさそうな顔で、白く細い指で挟んだ黒い塊を一瞥した。そして無造作に顎を上げ、開いた口の中にそれを放り込む。少年と青年の間の尖った喉仏が上下に動き、ごくんと飲み込む音がした。

ほ、本当に食べた……。

食べたっていうか、丸吞みしたって感じだったけど。

まっくろくろすけ(仮)よ、どうか久羅くんの栄養となり、成仏してくれ……。

ぼへーと眺めながら短い付き合いだったまっくろくろすけ(仮)の冥福を祈る私に、久羅くんはますます変な生き物を見る顔をする。

「君、本当に頭大丈夫?普通、驚くとか怯えるとかすると思うんだけど」

「いや、びっくりはしてるよ」

うわ、食べた!っていうよりは、本当に食べるんだぁくらいの驚きだけど。

「長生きしなそうだね」

「太く短く生きるね」

そして私も久羅くんの役に立って死にたいものだ。

真剣に答える私に、久羅くんはきょとんとした顔をしたのち、アハハと声を出して笑った。

優等生の皮を被った状態の彼にしては、珍しいタイプの笑いのような気がする。

久羅くんはふいに軽やかに机から降りると、教室の前方のドアへと歩いて行った。

なんとなく彼を追って、私も教室を出る。


廊下はツキンと耳が痛くなるほどに静かだった。

リノリウム製の廊下は中天の日に経年劣化により歪んだ表面を浮き上がらせ、濁った緑の川を思い起こさせる。

一歩前を歩く久羅くんの顔をそっと盗み見する。

尖った鼻先や薄い顎、切れ長の目を縁取る白い睫毛の一本まで大理石でできているかのように、彼はどこまでも冷たく、完成されていた。研ぎ澄まされた薄い剃刀のような完成された美に、思わずうっとりしてしまいそうになる。

どこまでも浮世離れしているのに、雲を掴むような妙な存在感の薄さゆえか、目を離すといなくなってしまいそうな感じがした。

トンと柔らかいものが床に落ちる音が後方から聞こえた。

少しして、足元を白いものが通り過ぎた。

トイレットペーパーだった。

トイレットペーパーは私たちを追い越し、転がりながらほどけて、暗い緑の床に白い線を伸ばしていく。漂白された白さは、自ら光っているかのようにだった。

さながらセレブの足元に引かれるレッドカーペットみたいに、トイレットペーパーは一定の速度でトトト……と転がり続ける。

転がっていく先を目で追いかけた私に、世間話でもするような調子で久羅くんが言った。

「追いかけてはいけないよ」

「え?」

視線が転がり続ける白い塊から、久羅くんへと戻る。

久羅くんは流し目をこちらによこし、物わかりのわるい生徒に言うようにもう一度言った。

「目で追いかけてはいけない」

どうして?と尋ねようとしたら、再び背後で柔らかいものが落ちる気配があった。

そしてトトト……と二つ目のトイレットペーパーが足元を転がっていく。

二本目の白線は、さっきよりも私の近くを通って行った。

追いかけてはいけない、という久羅くんの言葉と、誘うみたいに一定の速度で転がるトイレットペーパーにゾワゾワッと総毛立った。

私は視線を自分の足元に固定した。

本能的に久羅くんの言うことに従うべきだと思ったのだ。

「これって不味い感じですか?」

漠然と問いかける。

「君を誘っている」

「どうして私を……」

「さぁ?」

答えを知っているのにとぼけている、というふうな声だった。

その証拠にぎこちなく足元を見つめて歩く私に、久羅くんは意地悪く笑った。

「見なければいいんだから、それでいいだろ」

そうか。そういうものか。

久羅くんがそういうのだから、そうなのだろう。

相変わらずゾワゾワと鳥肌は立っていたが、どこかストンと納得した。

階段に突き当り、半二階の踊り場まで降りると、急に校庭の音が聞こえるようになった。

オーライ、オーライ、と野球部らしい掛け声と、久羅くんと私の上履きが廊下と擦れる悲鳴のような音。

そういえばさっきは自分たちの足音すら聞こえなかったな、と妙に冷静に思った。

無事に一階まで降り切ったところで、久羅くんがAさんと私を呼ぶ。

「困ったら、教えて。また助けてあげてもいい」

どこか夢の中にいるような、ぼんやりした心地でありがとうと返すと、久羅くんは何かを手渡してきた。

反射的に受け取ると、それは私のペンケースだった。

そういえばこれを取りに教室に戻ったんだった。

でもどうして久羅くんが持っていたのだろう。というか彼は手ぶらだったのに、どこから取り出したのだろう。

あまりにも不思議なことが続き、目をぱちぱちさせるしかなかった。

久羅くんは無言で踵を返し、滑るように玄関の方へ歩いていく。

はっと正気に返って、私はその背中に呼びかけた。

「久羅くん、ありがとう!また明日!」

振り返ることなく、ひらひらと筋張った手を振り、彼は角を曲がる。

その背中が見えなくなっても、私はペンケースを胸の前で抱きしめいつまでも突っ立っていた。


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