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「まとめると、人間の業原、妖怪の伊豆那、怪異の黒塚の母ってこと?」
「うん、そう」
久羅くんは下唇をほんのり突き出し、目を合わせないまま頷いた。見た目相応のすねた様子に、もしかして、照れ隠しだろうかと微笑ましくなる。
とりあえず三つの勢力とその代表がいることは理解できた。
「やっぱり久羅くんは黒塚側?あれ?でも食べてたよね?」
「人間や妖怪と違って、弱肉強食社会だからね」
「共食いじゃん」
「俺たちに倫理なんてあるわけないだろ」
凄い名言みたいに、割と最低なことを言う。
腕組みをし、背もたれにふんぞり返って久羅くんは続ける。
「黒塚の母は封印されていて表には出てこないし、そもそも興味も示さない。俺も長く生きすぎたせいで同じくらい強い奴はほぼいないから、勝手に怪異たちの顔役扱いされてた」
「ああ、久羅くん意外と面倒見いいもんね」
「キモイ勘違いやめてくれる?俺が面倒見なきゃいけないレベルの生き物のくせして」
なんだか自分がハムスターにでもなったかのような気分だ。
可愛いという意味ではなく、命が儚いという意味で。
「まぁそれも一昨日やめたから、いいけど」
「え!?や、やめた!?」
目をひんむくと、久羅くんは変な顔と楽しそうに笑う。
「今の君はさ、黒塚の母に捧げるには最適な贄なんだよ。それを俺は阻み、拒んだ。絶縁宣言したも同然」
「そんな……」
絶縁という言葉に、私は絶句した。
だって、久羅くんにとって「母」がどれほど大事で、尽くすべき存在であるか知っているから。
私は青ざめた顔で黙り込む。
久羅くんは私を助けるために、大事な「母」と絶縁することを選んだ。
信じられない以上に、本当なのだとしたら。
とんでもないことをしてしまった、と心臓がドクドクと脈打ち始める。
とんでもない値打ちのあるものを壊してしまって、足元に散らばる残骸を眺めている。そんな感じ。
「ねぇ、アイス食べたい」
ちょんちょんと手の甲を突かれ、私は現実に戻った。
あれ、と久羅くんはポップな数字が看板のアイスクリーム屋を指さす。
あぁ、うん、と魂が抜けたまま返事をし、よろよろと立ち上がる。
久羅くんはあからさまなくらい私の様子には触れず、アイスクリームの並んだショーケースを見渡した。
「桃がいい。桃ないの?」
「桃味はないと思う。……ストロベリーは?甘酸っぱいやつ」
「じゃあ、それ。イツカは?」
「……チョコ」
いつも頼むナッツとチョコがゴロゴロ入ってるやつを指さす。
店員さんがストロベリーとチョコのアイスを見事な手さばきで丸く抉り取っていくのを眺めながら、私の脳裏には一枚の絵が浮かんでいた。
それはゲームのスチルだった。久羅くんルート終盤で見ることができる。
赤い月を背に、苦悩に顔を歪める久羅くんの姿。
繰り返し繰り返し見たから、セリフもなんとなく思い出せる。
———ここでやめたら俺は俺でなくなってしまう!
「母」の封印を解くために主人公を生贄に捧げるのが彼の目的だった。
自分を産んだのに見向きもしない「母」に振り向いてもらうのが彼の願いだった。
そのために長い時間献身してきたのに、主人公に絆され、やめたくなっている自分を叱咤する場面だ。
———ハハッ……別にいまさらやめたって「母さん」は悲しみもしない……それでも、もしかしたら、なんて……馬鹿みたいだってわかってる!わかってるんだよ!それでもお前なんかのせいで、お前なんかのためにやめるわけにはいかない。
抱きしめようとする主人公の手を叩き落とし、苦しみと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔で叫ぶ彼の姿。
心が千切れるような悲痛な声優さんの演技。
見ていてつらいだけなのに、その姿を私は何度も繰り返し眺めた。
だから覚えている。
はっきりと思い出せる。
———尽くすだけが、俺の愛だから。
当初の目的だった買い物は、私がぼんやりしているうちにあっという間に終わった。
久羅くんには服を吟味するという概念がないらしく、無地のTシャツ数枚とジーパンをカゴに放り込み、流れるように会計していた。サイズが合ってるか心配でさすがに止めたけど、そこはピッタリのものをちゃんと取っていた。どう見ても手が届くところにあったやつを適当に放り込んだって感じだったのに。というわけで買い物はものの数分で終わった。
なんならフードコートにいた時間のほうがずっと長い。
その他の日用品の買い物も恐ろしいスピードで済ませ、私たちは帰路についた。
梅雨明けの日はいまだ高いところで輝き、アスファルトの白線は発光しているみたいに白かった。
大きな買い物袋がガサガサ音を立てて、私と久羅くんの間で揺れている。
私は短い自分の影を踏みながら、恐る恐る口を開いた。
「あのさ、「黒塚の母」は久羅くんにとって、お母さん、なんだよね……?」
「怪異でも産んだ側を母、産まれた側を子とするなら」
なんだか遠回しで皮肉な言い回しだった。
「他の怪異は母様とか母上って言ってた」
「可哀そうな奴ら」
「どうして?」
見上げた久羅くんの横顔は、意外にも穏やかだった。ただ憐れみのこもった灰色の瞳で、自分が殺し食べた兄弟だったかもしれない怪異たちを思い出している。
「一度も顧みられたこともなければ、子供と認識されることもない。当たり前のように尽くし、当たり前のように捨てられ、兄弟同士で食い合う。それでも、「母」に尽くすしかない。自分は「母」から産まれたから……鳥の雛が最初にみたものを親と思ってついていくみたいな、盲目的な行動だ」
「……久羅くんも、そうだった?」
彼は何も答えず、荷物を反対の手に持ち替えた。
空になった冷たい指の背が、私の手の甲にぶつかる。
「その……」
本当に「母」との繋がりを断ってしまうつもりなの?
ずっと大切に思っていたのに?
ずっと尽くしてきたのに?
主人公とですら秤にかけて苦しんでいたのに、私なんかのために?
どうして私なんかのために……?
言い淀みうつむく私の手が、ひんやりと冷たく硬い久羅くんの手に包まれた。
驚いて顔をあげた私を、久羅くんはやっぱり穏やかな顔で見つめる。
とんでもなく価値のあるものを壊して呆然と残骸を見つめる心地の私と違って、久羅くんは壊れてしまったことにどこか安堵しているような、そんな感じがした。
「指、痛い?」
久羅くんはほんのり眉を寄せ、包帯を巻いた私の指を撫でた。
裏山で怪異に襲われた時に、抵抗して剝がれかけた爪が、包帯の下でじんわりと傷む。
「普通にしてたらそんなには痛くないよ」
「これは?」
「ちょっと!押したらさすがに痛いって」
ふふふと小憎らしく、そしてとんでもなく魅力的な顔で久羅くんは笑う。
「安心しなよ。もうあんな痛い思いはさせないから。怖い思いをさせないとは、さすがに約束できないし、俺と一緒にいる以上仕方ないけど、でも、イツカは我慢できるよね?」
どうしてそんなことを言うのだろうと、きょとんとする私に、久羅くんは蠱惑的に微笑んだまま続ける。
「だからこれからも、ちゃんと俺に守られてね」
こちらを見下ろす顔は逆光のせいで、少し暗い。
だというのに灰色の瞳は、ほんのりと光って見えた。
「尽くすだけが、俺の愛だからさ」
やっと溺愛モード入りました。実は尽くす系男子の久羅くんをよろしくお願いします。




