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ひとまず腹ごしらえをすませ、皿の上がおおかた片付いたころ、ようやく久羅くんは本題に入った。

「まずは君の状況を説明する。一番大事なことだから」

「ウス」

ついふざけた返事をしつつも、態度だけは真面目に姿勢をただす。

なんか病院で診察結果を聞く時の心地に似ている。

「死に近い人間がいるって話は前したよね」

なんか聞いたことがあるようなないような。

「もとからそう運命付けられて生まれて若いうちに死ぬのが多いけど、たまに偶発的に死に近づきすぎてそうなる人間もいる。そういう人間は怪異側からするとつけいる隙だらけの格好の獲物だ」

「へぇ」

「なにその他人事みたいな返事。君のことだよ」

「え、私?」

「君はもともとそうだった上に、怪異である俺と一緒にいすぎた。入学式の時に忠告したんだけど、忘れてるだろ」

あー、そんなこともあったようななかったような。

我ながらさっきから曖昧すぎる。

何もない空中を見上げて思い出そうと努力するが、思い出すのは久羅くんの生横顔の美しさに感動しきりだったことだけだ。

「確かに死にかけたっていうか、むしろ一度死んだかもしれないけど」

「なに?」

久羅くんは片眉を釣り上げ、厳しい顔つきになる。

思わぬ迫力にしどろもどろになりながら私は付け加えた。

「いや、なんていうか死んだと思ったら、今の私になっていたというか、生まれ変わった、っていうには入学式の朝から始まった?みたいな?」

「なんだそのトンチキな話は」

「ですよねー……」

あははと頭をかいて俯く。

言わなきゃよかったかな。

でも、めちゃ良いタイミングだと思ったんだけどなぁ。

「入学式の朝より前の記憶はある?」

「生まれ変わる前のもあるし、今の私と地続きの記憶もあるよ。すごく変な感じだけど」

そう、不思議なことに私にはちゃんと栄イツカとして生まれ育った記憶もある。そのおかげですんなり今の生活に馴染めたのだが。

久羅くんは腕をくみ、難しい顔で唸った。

「まぁそれについてはちょっと調べておく。ただ納得する部分もあるな」

「納得?」

「生まれたばかりの赤ん坊が死に近いように、君も生まれ変わったばかりだから死に近いと考えることができる。難点は赤ん坊は自分では何もできないから常に誰かが見ているけれど、君は自分で動き回るからより危険性がますってところか」

「私、赤ちゃん以下ってこと?」

「そうだよ。だから危機感持たせるために話してるんだよ」

落ち込むついでに、ばぶぅと言うと脳天チョップされた。

「というわけで、俺が君んちの屋根で夜見張ってなかったら、毎晩怪異に襲われて最悪死んでたんだぞ。感謝してほしいね」

「ありがとうございます。ということは、うちに居候するのも?」

「このでかい赤ちゃんのお守り」

でかい赤ちゃんこと私を指差し、久羅くんは一息にお冷を飲んだ。

守ってもらえるのは嬉しいけれど、彼の本意がつかめず私は困惑した。

だってそんなの久羅くんにとってなんのメリットもない。むしろ私は早々に見捨てるべきお荷物だ。

「本当にかたじけなく思うのですが、どうして私なんかのためにそこまで……」

おずおずとたずねた私に、久羅くんはふいっと顔を背けた。

長い前髪が落ちて、灰色の瞳を隠す。

「まぁ最初はたまには餌を育ててみよう的な感覚だったんだけど」

なんだその嫌な育成ゲーム。

「左様ですか」

「拗ねるなよ」

ふっと鼻で軽く笑った久羅くんは顔をこちらに向け、驚くほど優しい目をした。


「今はイツカを守りたいと思ってる」


「ギッ……」

あ、あぶねー!!ときめきで絶叫を上げて吹っ飛ぶところだった!

び、びっくりした……!

え、なにこれ、夢!?妄想!?

奇声をあげたきり真っ赤になって動かなくなった私の頬を久羅くんの骨ばった指がツンツン突つく。

「やめて……トキメキの致死量超えて死んじゃう」

「面白い超えてちょっとキモいね」

こちとらお前のオタクだぞ!キモい反応の一つや二つくらいでらぁ!

深呼吸をして精神を落ち着けると、今度は涅槃のような心地に至った。なるほどこれが賢者タイム。

「……整いました。続きどうぞ」

「なにが?大喜利?」

「座布団もらうやつではなく」

そもそもお題もらってませんが。

久羅くんは理解しがたい生き物を目の当たりにしたように、眠たげな半開きの目で私を見た。

「とにかく、自分が危険な状態であることはわかった?」

「はい。久羅くんに守ってもらわないと、割とすぐ死ぬ感じなのかな、と」

「話はちゃんと聞いていたみたいで安心したよ。じゃあ次はこっちの話」

「こっち?」

こっちと久羅くんは自分を指さした。

「まず前提として覚えて欲しいのが、今の黒塚市は三つの勢力に別れているということ」

トン、とテーブルを指先で叩き、一つ目と久羅くんは言う。

「古典の業原っているだろ?」

「うん」

「業原家は陰陽師の家系だ。平安の終わりくらいに流れてきたよそ者だったが、怪異を払うことで力を手に入れ、表向きは地主として黒塚に居ついた。古典の業原が現当主をしている」

業原先生が陰陽師の末裔というのは、ゲームの設定にもあった。

私は驚くふりをすべきか一瞬悩んだが、ひとまず真面目に話を聞いている姿勢で頷いておいた。

「二つ目は伊豆那家。うちの学校にいる伊豆那兄弟の家。業原とは違う筋の、拝み屋ってわかる?」

「えっと、お寺とか神社じゃなくて個人でお祓いとかしてる人だっけ?」

「そんな感じ。陰陽師と違って外法を使うこともある。実際、伊豆那家は憑き物筋でもあった。代々狐を使役していたらしい。それが黒塚に流れ着いて変容した」

「変容?」

「憑き物の狐と子供をなした」

あー、なんかそんな設定あった気がする。

物語の後半で、伊豆那兄弟が狐の妖怪の姿になる展開があったはず。

テキストはほとんど思い出せないけれど、スチルを見た記憶はちゃんとある。

「つまり伊豆那兄弟は半分妖怪?」

「少なくとも純度百の人間ではないが、妖怪でもない。ただ人間の世界で上手く生き残った妖怪として、黒塚の妖怪たちの頭領ぶって、払う側の業原家と長い間小競り合いを繰り返している」

「仲が悪いんだ」

「表向きはね。本気で潰しあったことはないし、互いに邪魔者を片付けてもらうくらいはしてると思うけどね」

今も昔も一般家庭出身ゆえ、どうにもピンとこない地元の闇話って感じだ。

「業原家が人間側で、伊豆那家が妖怪側ってことは、三つ目は?」

業原、伊豆那と指を二つ折りたずねると、久羅くんはかすかに目を伏せる。

「黒塚は昔から天変地異が起きやすく、怪異の多い土地だった。その原因である存在が三つ目にあたる。廃神社や裏山で君が襲われた怪異はそれから産まれた。伊豆那や業原がやってくるよりもずっと昔からこの土地にいて、かろうじて封印された状態で眠っている。黒塚の怪異たちの母。正式な名がないから、ただ「母」とだけ呼ばれている。それで……」

久羅くんは不自然に言葉を切り、押し黙った。

言いづらいことをなんとか絞り出そうと、尖ったのどぼとけが上下する。

重く静かな沈黙を打ち破るように、彼は口を再び開く。

「……俺は「母」から産まれた最初の子供たちの生き残りだ」

「うん」

「はぁ?」

え、なんか久羅くんキレてる?

凄く真面目に相槌打ったのに……。

「うんってなにその反応?俺があの化け物たちと同じって話してるんだけど」

「いや、なんとなくそうかなって思ってたというか。だって割と早い段階から人間じゃないのはわかってたし、怪異に兄様って呼ばれてたし」

「じゃあなに?勘付いていて平気で俺と一緒にいたし、家にも入れたわけ?」

詰問するような口調で久羅くんは目じりを吊り上げた。

「「母」とか最初の子供?とかは知らなかったけど……だって久羅くんは久羅くんだし……」

なんでそんなに怒っているのかわからず、私は顎を引いて叱られる子供のように身を縮こまらせた。

久羅くんは私の言い訳に再び、はぁ!?と大きな声で叫んだ。

それからじわじわと紙みたいに白い顔が赤くなっていく。

え、え、え。

ま、まさか……照れてる!?

目を見開く私に、久羅くんは自らの赤い顔を隠すように突っ伏した。勢いよく張り出した肘が当たって、食器がガチャンと音を立てた。

「く、久羅くん?」

「……度し難い馬鹿はちょっと黙ってて」

ツンツンと腕を突いてみる。

反撃は来ないし、わずかに見える耳まで赤くなっていた。

平和なフードコートらしく、幼い子供が走り回る楽しそうな声が響き、赤面した久羅くんは突っ伏したまま動かない。

混迷を極めた私は、なぜか天井の照明を見上げた。



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